港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:最低なことをする彼でも「愛しているからいい」と思ってしまう女性心理とは
Customer 7:小酒井明美(こさかいあけみ・44歳)/ルビーを捨てた、ルビーの母親
「余命、1年くらいだそうです」
やけに明るく放たれた明美のその言葉を疑ったわけではない。けれど困惑で固まったともみに、明美はさらに笑顔を大きくし、「ルビーちゃんには絶対に内緒にしてくださいね」と繰り返した。
「なぜ、ルビーには伝えないんですか?」
「だってあの子が知ってしまったら…」
「優しすぎて、あなたに同情してしまうから?」
明美は否定も肯定もせず、ただ恥じ入るように唇を噛んだ。
「謝る資格すらないことは、分かっていました。でもこのあと…入院することが決まっていて…ルビーちゃんの前から本当に消えてしまう前に…」
一目でも会いたかったのだろう。明美が詰まった言葉を想像しながら、まともに一緒に暮らしたこともないのに、ルビーの優しさが分かるものだろうかと不思議に思う。
そもそもタイムリミットを知らされたからと、慌てて後悔を手繰り寄せようとする、その姿勢にも共感できない。たとえそれが――命の終わりであっても。
― …って前の私だったら、突き放しただろうな。
けれど今は、明美の話を聞いてみたいと思っている。なぜルビーを捨て、その後どんな人生を歩んできたのか。そこに少しでも、ルビーが救われる何かがあればいいと、願っているからだろうか。
「ここからは…ルビーの、お母さんだということは一旦忘れます」
え?と驚いた明美に、ともみは微笑みながら言葉を重ねる。
「だから明美さんも、ルビーのお母さんとしてではなく――ただ1人の女性として、誰にも言えずに苦しんだことを、今日ここで、吐き出してしまってください」
迷うように視線を落とした明美を、ゆっくりと待つつもりで、ともみは湯呑を手に取った。ジャスミンのような香りがするはずの白茶、白毫銀針(はくごうぎんしん)だが、既に香りも失い、指先に触れる温度も低い。
「入れ直してきますね」
冷えてしまった茶器を温めるためにカウンターに戻り、ともみは水を足したケトルをIHプレートに置いた。ピッと短い電子音が、そしてシュンシュンとお湯が沸く音も、沈黙の広がる店内でやけに大きく響く。
「今度は温かいうちに是非」
入れなおされた白茶の甘い香りに誘われるように、明美は茶器を手にした。一口含んで、おいしい、と呟く。そして言葉に迷うように、口を開いては閉じることを何度か繰り返したあと、ようやく顔を上げた。
「私は本当にバカだったから……ともみさんには、呆れられちゃうと思うんですけど…」
「呆れたとしても、口にしませんから」
軽い口調でおどけたともみに、明美が少しだけ微笑んだ。
「私は……結局、あの人にしがみついてしまいました」
さっきは、別れたと言っていたはずなのに。疑問を浮かべたともみを察知したかのように、明美の笑みが自虐で歪んだ。
「あの人にとって私は、2番目の妻でした。それが分かったから、許されることではないと、別れを選んだはずでした。でも離れてからも、私はあの人を恨むことも、嫌いにもなれなくて。それどころか恋しい気持ちが募ってしまった。自分から別れを告げたのに、ずっと、ずっと、考えてしまう。会いたくて、会いたくて、狂いそうでした。
そのうちに、バカな考えがよぎりました。彼だって私と別れたかったわけじゃない。私さえ2番目の女でいることを受け入れたら、ずっと一緒にいられるのではないかと。
そして彼に連絡してしまったんです。2番目の家族でいいから、私とルビーを捨てないでって。
でもあの人の答えはNOでした。それなのに私は…拒まれれば拒まれるほど、彼に執着して…その執着が、全てを壊してしまったんだと思います」





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ルビー幸せになってほしいよ
ミチ気づいて振り向いてほしい