「壊した、とは?」
その先を促しながらも、ともみは少し聞くのが怖いと思った。
「彼には社会的立場もあったし、ばれた以上、重婚からはもう手を引きたかったんでしょう。彼の弁護士から、これ以上連絡をしないで欲しいと、大金を条件に交渉に来た時も、お金よりも、ただ彼に会いに来て欲しいことを伝えました。アメリカの家族の邪魔は絶対にしない。日本にいる間だけの家族として過ごせればそれでいいからと。
でも彼は私たちに会いに来るどころか、その時既に日本からいなくなっていたみたいなんです。そしてもう、二度と日本には…」
ウソで騙して子どもを作った挙句に、後始末は他人に任せて逃げ出した。むしろ、そんな男が、今ルビーの父親だと名乗っていなくてよかったと思うほどの最低っぷり。ともみはこみ上げる怒りを、白茶を飲むことでなんとか抑えた。
「私もルビーちゃんも、完全に捨てられたんだと、その現実を認めなさいと、母にも随分叱られたのに、私はずっと、受け入れることができないままだったんだと思います。
それでも何とか新しい生活を始めたつもりだったんです。でも…」
思い出せば苦しくなったのか、明美は胸を押さえて、小さく細く息を吐き出してから続けた。
「誰よりも会いたいのに、会えないその人に、ルビーちゃんはどんどん似ていきました。私の誕生石がルビーだから…彼からの初めてのプレゼントはルビーで。2人の宝石が生まれるねって、ルビーって名前も彼が選んだから。
ルビーちゃんのことが愛おしくて仕方ないのに、瞳の色が同じ、笑顔が同じ、とふいに彼が現れるんです。そのうちに息ができないような苦しさで動けなくなったりして。忘れようとすればするほどダメで…」
「だから…ルビーから逃げだしたんですか?」
明美は黙ったままうつむいた。ともみは苦々しい気持ちになる。
子どもを産んだからといって、誰もが自動的に良い母親になれるわけではないことは、まだ子どもを産んだことのないともみにも理解できる。けれど、明美のベクトルは。
― 去った男に向きすぎていた。
子役としての娘を支えることに全身全霊を注ぎ、むしろ夫を蔑ろにしていた感さえある母に育てられたともみには、想像もできず、今すぐルビーを抱きしめに行きたい気持ちにかられた。
「彼とはどこで出会ったんですか?」
「大使館のパーティでした。日本初上陸のカリフォルニアワインのお披露目会を彼が主催していて。私が20歳になってお酒を飲めるようになった記念に母が連れて行ってくれて」
ともみは、ルビーが浅草にある老舗料亭の孫であることを初めて知った。明美もそれなりのお嬢様として育ち、インターナショナルスクールに通っていたことから英語はネイティブなみに堪能。有名私立大学の英文学部に在学中に、ルビーの父親と出会ったのだという。
その時、男は33歳だったというから、大人が子どもに手を出した感は否めないけれど、夢中になったのは明美の方らしい。パーティの後すぐに、男性の会社にインターンに入ることになり、プライベートの案内もするようになると、2人はすぐに恋人同士になったという。
日本では英語が通じないことが多い分、外国人は英語が話せる女性と恋に落ちやすい…という光景を、ともみは港区でも散々みてきたけれど。
「この場限り…というか、遊ばれてるとは、全く思わなかった?」
「母にも同じことを言われましたけど、彼のことを信じていましたから。彼は愛を言葉にも態度にも表してくれたから…」
自虐的な笑みを浮かべて明美はもうひと口、白茶を口にした。「甘みが増した気がします」と微笑んだはずの瞳から、涙があふれていく。






この記事へのコメント
ルビー幸せになってほしいよ
ミチ気づいて振り向いてほしい