蒼人は箸を止め、少し驚いたように眉を動かした。
「ああ…見えちゃったよね。実は昨日、菜穂にネックレスを渡そうと思ってたんだ。記念日だったし。でも、怒ってる菜穂にうまく渡せなくて」
蒼人は、窓の向こうにひろがる、よく晴れた箱根の空を見上げる。
「…僕なりに、ちゃんと考えてたんだよ」
声が少し震えていた。
「結婚は今すぐにはやっぱりできない。でも、だからこそ今まで以上にちゃんと向き合って、少しでも早く決められるようにするからって伝えたかった。もう少し待ってくれる?って伝えたかったんだ。アクセサリーとともに」
「え…」
「でも…いきなり怒られて、どうしていいか分からなくなった」
― フラレたと思ったのは、私の早とちりだったの?
蒼人は俯いて、続ける。
「正直…菜穂に“私たちはもう終わる”って言われて、びっくりしちゃった」
「うん…」
「あのさ。僕は、菜穂の面倒見がいいところがすごく好き。とくに仕事にまっすぐで、周囲からも信頼されていてかっこいいところが好き。いつもハツラツとしてて、頼れて。菜穂といると元気が出る」
「…ありがとう」
「今までは、そう思ってた。でも、結婚の話になったときの菜穂は、独りよがりでなんか苦手だ。人の話に耳を傾けるのが上手な菜穂が、どこかに行ってしまったみたいで」
朝日のおかげか、私は昨夜よりも冷静に物事を考えられる。蒼人のうんざりした気持ちが、なんだかよくわかる気がした。
「そうね…独りよがりになってた自覚はある。結婚っていう言葉にとらわれて、蒼人の気持ちをちゃんと見てなかった」
「…うん。僕から見ると菜穂は、僕じゃなくてもいいからとにかく結婚相手がほしいって思っているように感じる。それが僕はすごく嫌だ」
蒼人は、窓の外から私のほうに視線を戻し、こう言った。
「だから…きっと、もう僕たち、一緒にいないほうがいい」
私は、呼吸が浅くなるのを感じる。
「…でも待って、蒼人」
「ん?」
「誰でもいいなんて思ってない。だからこそ…蒼人が結婚はできないって言うから、悲しくなったの。さみしくなったの」
言いながら、私はわかっていた。こんな言葉は何のフォローにもならない。
その証拠に、蒼人はテーブルの味噌汁を見つめたまま、何も言わなかった。
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自分のふるまいが理由で、蒼人と破局…。菜穂の人生はどこに向かっていく?
この記事へのコメント
最初から「結婚も前向きに考えるから、もう少し待ってくれますか?」と言えばいいものを😂