「え?」
「半年記念日として買ったの」
私は、引きつった笑顔で蒼人に紙袋を渡す。
蒼人は戸惑ったまま「ありがとう」と言って、2つのプレゼントを受けとり、それぞれ封を開けた。
「ノートと、化粧水だ、自分じゃ買わないくらいいいやつだ」
ありがとう、と蒼人がしたお辞儀は、すごく他人行儀に見えた。私はつい自嘲的に笑ってしまう。
「でもよく考えたらなんか…“消えてなくなるもの”ばかりだね」
「え?」
「私も内心、わかってたのかな。私たちはもう終わるって…」
蒼人は黙り込んでしまった。
代わりに、困ったように肩をすくめ立ち上がる。
そして、襖をそっと開けて出ていった。
私は、ぼんやりとした意識のまま、部屋の隅っこにしゃがみ込む。
― 蒼人…。何も、記念日旅行中にふらなくてもいいのに。明日まで楽しく過ごしたかった。
そのとき。
ふと視界の端に、蒼人のスーツケースが映った。サイドポケットから、赤い小さな紙袋が覗いている。
金のロゴ。カルティエ――の文字。
「……え?」
私は思わず近づき、固まる。
― なにこれ。これ、私に渡すつもりだったの?
意味がわからないまま、布団が敷いてある和室に移動した。
しばらく、胸のざわつきが静まらなかった。
◆
翌朝。
旅館スタッフが運んでくれた朝食は、贅沢そのものだった。湯気の立つ味噌汁の香り。甘く炊かれた小鉢の山菜。色鮮やかな料理の数々。
どれも、私と蒼人の間に漂う重い空気には似合わない。
「いただきます」と手を合わせ、無言で箸を動かす。しばらく経ったとき、私は意を決して切り出した。
「ねえ…昨日、蒼人のスーツケースにカルティエの袋が入ってるのに、気づいちゃった」
この記事へのコメント
最初から「結婚も前向きに考えるから、もう少し待ってくれますか?」と言えばいいものを😂