
~サックスと肉体は一体。パプアニューギニアでこの感覚が培われた~
ほかにやることがないから、ひたすらサックスを練習
金丸:面白い。最初はしぶしぶ始めたんですね。
松丸:自分で選んでいない楽器とはいえ、ほかの人より下手なのは嫌だなと。だから「みんなより10倍くらい練習したら大丈夫だろう」みたいな理論で、めっちゃ練習しました。
金丸:クラリネットからサックスに転向したのは、いつですか?
松丸:1年後です。当時は「クラリネットの進化版がサックスだ」と思い込んでいたので、クラリネットがうまくなったから、そろそろサックスに変えようと。親戚の結婚式に出席するため、1週間ぐらい日本に戻っていたときに、サックスを買ってもらいました。
金丸:その頃から、音楽の道に進もうって思っていたのですか?
松丸:思ってなかったですね。ほかにやることがないからサックスを練習する、という感じだったので。
金丸:村だと、自分の腕が世界でどれぐらい通用するかなんて、分かりませんよね。
松丸:ほんとに全然分からないです。
金丸:それに、音楽の先生はいたかもしれないけど、サックスの専門家がいない中で、どうやって練習されたんですか?例えば何かの曲を完コピするとか?
松丸:コピーはしていましたが、いろいろな曲をコピーするのが上達の王道だということすら、当時は知らなくて。コピーするよりも自分でエチュードみたいな曲を作って、ひたすら自作エチュードを練習していました。
金丸:やり方が分からないからやらないのでなく、独自のやり方を生み出して、実行してしまう。松丸さんのクリエイティビティは、その頃から発揮されていたんですね。
松丸:パプアニューギニアの環境が、そうさせたんだと思います。朝起きて窓を開けると、山が見えるんです。ずっと遠くまで青い山が続いてる。
金丸:青い山?
松丸:ブルーマウンテンという言葉がありますが、山って遠くになるにつれて青く見えるんですよ。
金丸:じゃあ、サックスの練習のときには、その遠くの山に向かって吹いていたんですか?
松丸:自分で言うのはちょっと恥ずかしいですけど、山を意識しながら練習していましたね。
親の「大学には行け」が人生を決定づける
金丸:松丸さんは高校卒業後に、ジャズやコンテンポラリーでは世界最高峰とされるアメリカのバークリー音楽大学に進学されました。音楽を学ぶには素晴らしい環境ですね。
松丸:実はバークリーを選んだのも、消極的な理由なんです。親から「大学に行きなさい」と言われていたのですが、当時はいまより日本語がもっと下手で、日本の大学に入る自信がなかったし、「アメリカには返済不要の奨学金がある」と聞いていたのもあって、アメリカの大学を選びました。とはいえ、普通の大学に奨学金で入るための勉強なんて全然していない。やってきたのは、サックスの自己流エチュードだけ。だから「音楽大学だったら入れるんじゃないか」と思ったんです。
金丸:「サックスを極めたいから」ではなく、「大学に行くのに、サックスが武器になるから」なんですね。
松丸:どんな音楽大学があるかも知らなくて、調べてみたら、最初にバークリーが出てきた。「この大学を受験して、もし学費が無料にならなかったら、日本に帰って働くなり、なんなりしよう」と。
金丸:それで入学できるのがすごい。当然、実技試験もありますよね?
松丸:あります。でも、僕よりうまい人はいくらでもいましたよ。
金丸:松丸さんのどういうところが評価されたんでしょう?
松丸:本当に分かんないんですよ。基礎的なところですかね?
金丸:自分では気が付かない独自性みたいなものが、あったんじゃないですか?
松丸:感覚がほかの人と違うのは、自分でも感じています。
金丸:パプアニューギニアで育ったことは、松丸さんの感性や音楽との向き合い方に影響があったと思いますか?
松丸:具体的には分かりませんが、あるんじゃないでしょうか。
金丸:しかし、山奥の村からボストンの大学。生活が一気に変わりましたね。
松丸:でも、カルチャーショックはあまりなかったんですよ。日本に帰ることもあったし、日本の小学校に数ヶ月通った経験もあったので。
金丸:高校までずっと独学でやってきて、バークリーでこれまで知らなかったことを一気に学ばれたんですよね。頭がパンクしそうですが(笑)。
松丸:当時の僕は「サックス=ジャズ」だと思っていました。どういうジャズ奏者がいるのか知らないし、ジャズの歴史も知らない。これから学校でゼロから学んでいくんだなという感覚でした。そして勉強するなかで、「自分はあえてジャズの歴史や伝統を踏まえて演奏する必要はないな」と感じたんです。だから僕は、自分のことをジャズミュージシャンだとは思っていません。
金丸:じゃあ、サックス奏者ですか?
松丸:一番通りがいいのはそうだし、演奏している楽器も99%サックスなんですけど、感覚的には、サックスだけというわけでもないんです。
金丸:なるほど。まあ、無理にカテゴライズする必要はありませんから。
松丸:日本に戻ってきて6年になりますが、卒業してしばらくはジャズの延長線上にいたし、3年前の演奏の音源を聞き返すと、かなりジャズ寄りだなと感じます。いまでもジャズの要素がないとは言い切れないんですけど、演奏する場所や関わる人たちが変わるにつれて、音楽も少しずつ変化しているなと。
金丸:サポートで入ることが多いとのことでしたが、松丸さん自身の熱心なファンもいらっしゃいますよね。
松丸:よくライブに来てくださるファンの方はいます。ただ、周りからはよく「塩対応だ」ってからかわれるんですよ。もちろん「ありがとうございます」とは言いますが、聴いている人たちの意見や感想にあまり影響されたくない、というのがあって。謙虚ではいたいんですけどね。
金丸:分かる気がします。特に表現者は自分の中から湧き出てくるものに、まず向き合うべきではないでしょうか。普段はほかの音楽家の演奏会やライブに行ったりされるんですか?
松丸:常にいろいろなジャンルの音楽を聴いて、勉強してますね。音楽に触れる機会が少ない環境にいたので、一緒に仕事している人たちと比べたら全然知識が浅い。そこをなんとか埋めようと頑張ってます。