
~サックスと肉体は一体。パプアニューギニアでこの感覚が培われた~
日本で生まれてパプアニューギニアへ
金丸:松丸さんの生い立ちにますます興味が湧いてきました。そもそも、生まれたのは日本なんですか?
松丸:生まれは日本ですが、1歳になる前には両親と日本を出たらしく、3歳からパプアニューギニアで暮らし始めました。
金丸:1歳前後なんて、すぐに病気をするような時期なのに、ご両親はよく決断されましたね。
松丸:不思議ですよね。
金丸:松丸さん一家が住んでいたのは、どんなところなんですか? 海まで9時間かかるということでしたが。
松丸:パプアニューギニアの真ん中あたり、標高1,500メートルの山奥にある小さな村です。人口は400人くらいで、周りにはコーヒー農園が広がっていて。村にはクリニックがひとつ、郵便局がひとつ、あと学校がありました。
金丸:400人の村にも学校があるんですね。
松丸:すごく特殊な村なんですよ。パプアニューギニアには、言語が800から900あるといわれています。世界で最も言語数が多い国のひとつとされていて、アメリカやカナダ、オーストラリア、韓国など世界中から多くの研究者が来ていました。その言語学者たちの拠点となっていたのが、僕たちが住んでいた村で、インターナショナルスクールも言語学者たちが作ったものです。両親はそこで教えていたし、僕も通っていました。
金丸:そうなんですね。パプアニューギニアは切り立った山や密林のせいで移動が難しく、小さな村単位で生活していたために、現在でも多数の言語が残っていると聞いたことがあります。ローカルの言語同士だと会話が成り立たないから、英語が公用語になったとも。
松丸:実は英語を話せる人はそれほど多くなくて、英語というより、英語をベースにいろいろな言語が混ざった「トク・ピシン」という言語が、公用語として使われています。
金丸:松丸さんはどうだったんですか?
松丸:僕は「トク・ピシン」はあまり得意じゃなくて、基本は英語で話していましたね。学校に通っていた日本人は僕と妹だけ、家では日本語でした。
金丸:長いこと英語を話す環境にいたのに、日本語もまったく問題ないですよね。外国で育つと、敬語で苦労する人が多いと聞きますが。
松丸:日本に戻ってきてから、かなり頑張りましたから(笑)。いまでも苦労することはありますよ。
音楽人生の始まりは、人気のないクラリネット
金丸:ところで、妹さんがいらっしゃるんですね。妹さんはパプアニューギニア生まれなんですか?
松丸:いえ、出産はオーストラリアでした。
金丸:そうか。パプアニューギニアから南に行けば、すぐオーストラリアですね。
松丸:僕らの村の近くにエアストリップ(簡易な飛行場)があって、そこからセスナで首都に出て、オーストラリアに行っていました。たまに日本に帰るときもオーストラリア経由でしたね。
金丸:松丸さんは、その村でいつまで過ごされたんですか?
松丸:高校卒業までです。僕が高校を卒業するタイミングで、家族全員パプアニューギニアから帰国しました。
金丸:ということは、15年間過ごされたんですね。ところで、村には電気が通じていたのですか?
松丸:通じていたけど、週に2回は停電してました。水道はないので、飲み水は雨水を使って、それ以外の生活用水は川からくみ上げて。雨がたくさん降れば、川が泥水になるので、泥水のシャワーを浴びるみたいな生活を。
金丸:インターネットはありましたか?
松丸:あるにはあったんですけど、従量課金だったので、動画なんて絶対に見られません。
金丸:見たらとんでもない請求が来ちゃいますね。テレビはあったんですか?
松丸:自作したアンテナで受信している家もありましたが、うちにはなくて。だから見るとしても、日本の親戚から送ってもらったビデオテープとDVDだけです。
金丸:そういう経験をしていたら、世界中どこでも生きていけそうですね。
松丸:でも日本に戻って住みやすさを経験すると、演奏などのきっかけがない限りあえて外に出ていこうとはあまり思わないです。きれいだし便利だし、他の場所と比べていまの自分の見た目で日本で差別されることはほとんどありません。
金丸:そんな村で、松丸さんはサックスとどうやって出合ったんですか?
松丸:中学校に吹奏楽部があったんですよ。中1か中2のときにそこに入って、クラリネットに触れたのがきっかけでした。
金丸:最初はクラリネットだったとは。インターナショナルスクールにも部活があるんですね。
松丸:そうですね。ただ日本と違い、ひとつの部活を3年間続けるんじゃなくて、学期ごとに変わるんですよ。
金丸:いろいろな経験ができるのはいいことですね。どれかひとつを選ばせて、「根性で最後までやりきれ」みたいな部活動より、はるかに健全だと思います。
松丸:ただし、日本の吹奏楽部みたいにガチでやる感じじゃないです。楽器はあるけれど、みんなあんまり練習はしない。
金丸:クラリネットを選んだのは、なぜですか?
松丸:僕が入部をしぶっているうちに、ほかの楽器は取られていて、クラリネットだけ余っていたんです。