アオハルなんて甘すぎる Vol.32

「理想を掲げなくてどうするんだい?」恋人と仕事との狭間に揺れる29歳女性が出した結論とは…

「そう。宝ちゃんが今モヤモヤしてるんだったら、それはつまり、うずうずしてるってことなんだよ。モヤモヤとうずうずはセットだからね」
「…モヤモヤとうずうずがセット…?」
「モヤモヤは疑問、うずうずは衝動っていう、疑問と衝動のセットだね。疑問が生まれて、動くことにつながる。モヤモヤっていうのは、このままでいいの?っていう自分の心の声からの問いかけなんだよ。

宝ちゃんには今、自覚できてないとしても、確実にこのままでいいのかなって疑問が芽生えてる。つまり惰性の日々を変えるための衝動が沸き上がってきてるってことで、おめでたい話じゃないか。

あとはそのモヤモヤをうずうずに進化させて動き出せばいい。モヤモヤは自分の世界を変えるチャンスが来てるってこと。歓迎すべき感情なんだよ」

そうなのだろうか。疑問が全て消えたわけではない。それでも、光江さんの言葉は不思議と胸にしみこんできた。

「…でも…そのモヤモヤが変わりたいと言うサインだったとしても…動きだすといっても、どの方向に行けばいいのか…」

目標とかが何も見えていないんですと伝えると、30歳に近づいてるのに何甘えたこと言っているんだい、と笑われた。

「白馬の王子様が迎えに来てくれるのを待ってる…っていう少女趣味の発想が通用しないのは、なにも恋愛だけじゃない。人生のあらゆることが同じさ。運命を変えるカード…人生を変えてくれる人や出来事なんてただ待ってるだけじゃ現れるわけはないんだから。

探しに行くの。探しあてるんだよ。よく自分探しとか言うけど、本当の自分探しは外に出て行くことじゃない。自分の中に潜ること。それが自分を知ることだよ」
「…自分を、知る…」
「今、宝ちゃんが持ってるもの、思い描くものの中で好きなことは何?はっきりとこれだ!と思えなくてもいい。最初は、こっちのほうがなんとなく好きだなくらいのゆるい感覚でその方向に進み始めてみるだけでもいいんだ。

もちろん人生の全てを好きな事だけして生きてますって言う人の方が少ない。大体の人がどこかで折り合いをつけてやってる。それはそれで偉い事だと思うけど、アタシ自身は…好きじゃないことに人生を割く時間を、ほんの少しでも少なくする方がいいと思うけどね」

「確かに仕事もプライベートも…好きなことだけで生きていけたら…それはとても素敵なことで…でもそれは理想で…」

現実はそう甘くないのでは。私がそう言うと、光江さんが鼻で笑った。

「理想を掲げなくてどうするんだい?最初から無理だと言ってしまえば、その道はあっさりと消える。でも理想を持って、少しでもその理想の方向に近づこうとするのなら、細々とでも曲がりくねってでも…その道は続いて、いつか目的地にたどり着けるかもしれない」
「…でも目的地がどこかわからないのに、…踏み出せるでしょうか?」
「だから、心に聞くの。自分の“好き”は一体どこにあるのか、ってね。自分の本心に真っ向から向き合うってなかなか怖いから、大概の人は大人になると、そんなのは夢物語だとか、我慢が当たり前だと自分に言い聞かせて、自分の冒険心を塗り潰してしまう。

まあ確かに冒険は怖いし、成功の確率も高くはないだろうけど。宝ちゃん、アンタにはこの街があるじゃないか」
「…え?」
「目的地がわからなくなって、迷って失敗して、つらくなったら、いつでもここに戻ってくればいいだろ。そしてまたやり直せばいいだけさ。人生は無駄だらけの方が美しいとアタシは信じてる」
「…つまり私は、この街を離れたほうがいいと…?」
「そうは言ってない。でも何を選んでも、どんな場所に行っても、アンタには戻ってくる場所もあるし、人もいる。諦めが悪くて強欲で、でも愛すべき仲間たちがね」

光江さんは、シャンパンをグッと口にした。…苦くて甘い人生と名付けられたシャンパンを。そしてにやりと笑ってから続けた。

「ここは、何度でも失敗をやり直せる街。…何度でも青春をやり直せる街だからね」

2年後・西麻布/Sneet


「…宝ちゃん、ロンドンですっごく楽しそうだよね」

愛は、宝から送られてきた写真を、雄大と大輝に見せながら小さく溜息をついた。

「愛さん、いつまでも娘を旅立させた母親みたいな反応するのやめなよ」

大輝が笑い、雄大も同調する。宝はつい1か月前に、翻訳を専門的に学ぶため、ロンドンにある大学院への入学を目指し、ロンドンに住まいを移した。まずは半年間、試験を受けるための予備校のような学校に通い、その後入試にトライするのだという。

羽田まで見送りにいった時に愛が大号泣し、宝は困った顔で旅立ち、その後雄大と大輝は愛を慰めるのに苦労したのだった。

「週末はパリで、伊東さんとお試し同居中なんだろ。そのうちあっさりと入籍しました~って連絡くるかもな」

雄大の言葉に、え~そうかな、と反応したのは大輝だった。

「宝ちゃん、何事も時間かけちゃう超慎重派だからな~。そこがいい所なんだけど、一歩進んだら2歩下がるみたいな子じゃん。ロンドン行くまでもまずは日本でしっかり勉強してからって感じだったし、結婚はまだまだじゃない?

でも、伊東さん、超根気よく待ってたよね。オレ、それは尊敬する。宝ちゃんと結婚っていうのも…許せちゃうかも」
「…ちょっと大輝。忠告しとくけど、あんた宝ちゃんが人妻になったら…また許されぬ恋ゆえに燃えちゃうとかやめてよ?」

えーなにそれ、ちょっと楽しそうとふざけた大輝は、脚本家としてつい先日深夜ドラマでデビューを果たし、雄大と愛にも結婚の話が出てはじめていたりして。それぞれの人生も少しずつ進み始めているのだ。

「で?大輝さん、次はいつ私とデートしてくれるんですか?」

この店の正社員となったともみは、“女帝の後を継ぐもの”と自ら名乗り、徐々にこの街の有名人となり始めている。そして大輝へのアプローチは相変わらずで、何度かデートにはこぎつけたらしい。

「んーしばらく無理かなぁ」

そう笑って、ともみをかわした大輝に、未だ京子との付き合いがあることを愛も雄大も知っているけれど、ともみとも大人の関係になっているのかいないのか…はまだなんとなく聞けていないという状況で。

街も人も少しずつ変わってゆくもの。その変化は必然で拒むことはできない。でもその変化が…願わくば、少しでも良いものでありますように。そのためにこの西麻布という街を守り続ける女帝の物語は…また、別のお話で。

Fin.


▶前回:「合格した人が妬ましい…」28歳女性に初めて芽生えた“欲”に、男友達がかけた意外なひと言とは

▶1話目はこちら:27歳の総合職女子。武蔵小金井から、港区西麻布に引っ越した理由とは…

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この記事へのコメント

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No Name
素晴らしい最終話!
アオハル連載ありがとうございました。本当に半年間すごく読むのが楽しみで大好きな連載でした。作者の方、きっと有名な小説家さんなんだと思いますが、出来ればお名前位は知りたかったなぁぁ。個人的に今まで一番好きだなと思ったのは、三茶食堂と成田空港の話だったけれど、アオハルもお気に入りに加わりました。ここまで読み応え抜群且つ面白くて翌週が待ち切れない連載はもう暫く読めないのかな…
2024/09/21 05:4839返信1件
No Name
やっぱり最終回存在感見せ付けてくれたゴットマザー光江さん。最高な形で宝の背中押したね!
そして、別途光江さんの物語が始まるならめちゃくちゃ楽しみ。
2024/09/21 05:3832返信2件
No Name
やっぱり♡ 伊東さんと仲直りして週末同棲とかステキなハッピーエンド。雄大&愛さんも結婚秒読み状態?!
今日で終わるけれどそれぞれの “続き話” を是非読みたいです。
2024/09/21 05:4526返信1件
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