マティーニのほかにも Vol.1

信州大を卒業してメガバンクに就職した22歳女。上京して初めて、三軒茶屋のバーに行ったら…

東京に点在する、いくつものバー。

そこはお酒を楽しむ場にとどまらず、都会で目まぐるしい日々をすごす人々にとっての、止まり木のような場所だ。

静かなバー。賑やかなバー。大規模なバーに、隠れ家のようなバー。

どんなバーにも共通しているのは、そこには人々のドラマがあるということ。

カクテルの数ほどある喜怒哀楽のドラマを、グラスに満たしてお届けします──。


Vol.1 <ネグローニ> 小松早紀子(22)の場合


例年にないほどの暖かな春とはいっても、やはり夜は少し冷え込む。

手持ちのワードローブのなかで一番大人っぽいブラックのワンピース。

そのワンピースから剥き出しになっている二の腕をさすったあと、早紀子はバッグからスマホを取り出し、食い入るようにして画面を見つめた。

「えーっと…身だしなみは、大丈夫なはず。会話の声は静かに。席は勝手に座っちゃだめでしょ。それから、ボトルやグラスにはむやみに触らない…」

水曜日の20時。

いつもであれば、仕事を済ませてすぐに帰宅し、Netflixで映画を見ながらダラダラと過ごしている時間だ。

けれど今夜の早紀子は、三軒茶屋の路上でスマホを見ながら立ち尽くしている。

目の前にあるのは、バーの扉だ。

内向的な性格で、趣味は映画鑑賞という生粋のインドア派である早紀子にとっては、「東京のバー」なんてものは、その字面を見ただけで気後れしてしまう。

けれど、スマホの画面に映し出された『初めてバーに行く人ガイド』を何度も繰り返し読みながら、早紀子はゴクリと唾を飲み込む。

そして、ついこの前の金曜日に起きた苦い体験を思い起こす。

― 私、今夜は絶対に、ひとりバーデビューするんだ…!

この記事へのコメント

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No Name
グルメ雑誌の小説らしい連載! 早紀子のスレてない感じは、いい意味で東カレらしくなくてとても好印象。来週は翔平ってまた主人公リレーなのはやや不安だけど楽しみ。
2024/05/15 05:2056
No Name
いいねぇ。 下手に「アッパー層のリアル」を意識し過ぎて不自然な設定になった話より、こんなほのぼのした話で十分満足♡
農学部で研究しててメガバンクへ就職したのね。 そう言えば最近、知子や直子に早紀子etc クラシカルな名前が続く。
2024/05/15 05:3255返信1件
No Name
「ボンドマティーニ」のことだね。
『007』の主人公ジェームズ・ボンドが好むウォッカマティーニ。
2024/05/15 05:2338
もっと見る ( 14 件 )

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