2024.03.23
報われない男 Vol.6「…あーやっぱり、雨ふってきちゃいましたね…」
大輝の声に、京子はPCから視線を上げた。けっこうひどいな、という大輝の言葉通り、走る新幹線の窓に水滴が猛スピードではりついていく。その様子をしばらく見た後、京子はPC画面に視線を戻した。
京子と大輝は青森に向かっている。
京子が大学での講義を受け持っているのは、大学時代の恩師である香川教授に頼まれたからだが、その教授に講義活動の一環だと思ってくれ…!と半ば強引に組まれたのが、2泊というスケジュールの青森出張だった。
地元紙でインタビューを受ける教授の対談相手、そして高校生主催の映画コンテストの審査員を任されてしまったのだが、久しぶりの地元に浮かれた教授が数日前に現地入りしてしまったことで、大輝との2人での旅路になってしまっている。
「青森って今の時季、桜がキレイらしいのに…」
予報がずっと雨…と嘆く大輝に、京子は、遊びに来たわけじゃないんだからとPCから目を離さないまま苦笑いで言った。
目的地は弘前市で、新幹線がもうすぐ新青森駅に到着する。
PC操作が苦手な教授が、映像をプロジェクターに出す係として大輝を同行させると言った時、京子はそれ以上聞くことをしなかった。大輝は教授の雑用係をしていると聞いていたし、すでに大学を卒業してアルバイト生活だという大輝は、他のゼミ生より融通が利くのだろう。
あの日家を出て以来、京子は崇に会っていない。事務所のマネージャーである金城にだけは夫婦の事情を話し、京子はとりあえずのホテル暮らしをしている。そろそろ小さな部屋でも借りた方がいいのではとマネージャーに勧められ、物件を探し始めたところだった。
「お互いに…唯一が決められたら…また話し合おう。それでいい?」
そう言った京子を、崇は黙ったまま力の抜けた様子で見つめていた。あれから2週間近くがたつが、崇は自宅にいるようだとマネージャーから聞いていた。
美里と会っているのか…たまにそんなことも考えてしまうが、崇から時々くるLINEは、ちゃんと食べてますか、などの他愛もないものばかりで、京子も簡単な返事をするだけ。
京子は今、崇ではない監督との企画を抱えていたし、崇も夏から放送のドラマの演出にかかりきりでお互いに忙しくしている。ただ、その忙しさを言い訳に問題の輪郭がぼやけていくような心もとない不安、焦りも感じていた。
「…まさか…離婚はしませんよね?」
マネージャーの金城が心配そうにそう言うには訳がある。彼女は自分が京子に美里からの手紙を渡してしまったことが引き金となったことに罪の意識を感じていたし、事務所の立場としては、門倉夫妻が別れるのは避けたいという思いもあるのだろう。
業界最強の夫婦。それが売りとなり、夫婦でのCM出演や講演会の依頼が絶えないベストパートナー。2人のパッケージ売りは、クライアントにも受けが良く、そのおかげで、コストがかかる割に儲からない映画作りという仕事で、社員を養えていることも事実なのだから。
このまま別れるのか、元に戻れるのか。どちらにせよ…それが、自分達夫婦だけの問題ではないという事実に、京子は改めて溜息をついた。
◆
― 少し…痩せた、のかな。
細くなった気がする京子の横顔に心配になる。JR新青森駅から目的地の弘前市内までは、教授の勧めもあり車で移動となった。レンタカーを運転する大輝の横、助手席に座ってすぐに京子は眠ってしまっていた。
京子が疲れていることは、東京駅、新幹線の車内で待ち合わせて、すぐに分かった。
大輝の部屋に京子が泊まった翌日に送ったLINEには京子からの返信がこないまま、今日はあの日以来の再会だった。教授からこの青森への同行を依頼された時、食い気味に承諾して教授に引かれたことは京子には秘密だ。
4月も下旬に入ったというのに雨のせいなのか、青森はまだ寒い。外気8℃という表示に大輝は空調を調整し、京子を起こさぬよう穏やかな運転を心掛けながら、あの日の長坂美里の言葉を思い出した。
「私たち、友達になりません?仲良くなって助け合いましょ」
眉をひそめた大輝に、美里は、私はね…と強い目で見つめた。
「出会ったタイミングが遅かったっていうだけで、あきらめるのはイヤ。崇さんへの思いを…世間が決めた、不倫とかいうチープな枠にカテゴライズされるのは耐えられないんです。大輝さんもそうでしょう?」
▶前回:「離婚したくない」一週間ぶりに家に帰ってきた夫から、まさかの告白。妻は…
▶1話目はこちら:24歳の美男子が溺れた、34歳の人妻。ベッドで腕の中に彼女を入れるだけで幸せで…
次回は、3月30日 土曜更新予定!
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