報われない男 Vol.6

「彼女と私、どっちも好きなの?」不倫を否定しない映画監督の夫。脚本家の妻は…

前回:「離婚したくない」一週間ぶりに家に帰ってきた夫から、まさかの告白。妻は…



不倫の代償。何度打ち消しても浮かぶその言葉に脳裏を支配されながら、門倉崇は、妻・京子の次の言葉を待っていた。

結婚を決めてすぐに購入した千駄ヶ谷のマンション。そのリビングの中心を守り続けてきたL字型のソファーは、春を象徴するような萌黄色が素敵だと京子が選んだものだ。ほんの1週間前までこのソファーで2人、映画を見たり笑いあったりしていたことが、今ではもう幻のようだった。

7、8人は優に座れるソファーの端に座る京子に近づく勇気が持てず、視界の端でその気配を感じることしかできない自分に、崇は情けなくなる。

室内に入る光が赤みを帯び、今何時だろうかと見上げて気が付いた。リビングにあったはずの時計がない。崇は思わず、口にした。

「…時計、外した?」

沈黙を破る言葉としては不適切だったと後悔しながら、京子の顔色をうかがう。崇を見た後、視線を時計があったはずの場所にボーっと向けた京子は、ああ、と言って続けた。

「…針の音が嫌だったから」
「…音?」
「かち、かち、かち、かち、って…やたら大きく聞こえるようになったから」

自分以外の物音がしない部屋に響く針の音に、崇の不在を強調されている気がして外した…というその理由までを京子は言葉にしなかったが、崇は、ごめん、とつぶやいた。

そのタイミングで、ぐうぅー、と間抜けな音がなった。空腹を知らせる腹の音。崇が発したその音に京子は呆れたように軽く笑った。久しぶりに笑顔が見られたことに崇はホッとし、感動すら覚えた。

「…何か食べる?」
「じ、じゃあ。オレがなんか作るよ…!」

この記事へのコメント

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No Name
門倉も不倫のいきさつを細かく喋るからこうなるんじゃんねぇ。でも最後はお互いやり直す方を選ぶんだろうなと思う。
2024/03/23 05:3129返信2件
No Name
オレがなんか作るよ
からの、カップラーメンアレンジって笑えた。
2024/03/23 05:3224
私の住む街が!
当カレを読み始めてかれこれ7年以上。青森に住んでるくせに東京カレンダーなんて、と思いながら毎朝本当に楽しみで。。それが、私の住む街が登場するなんて、夢にも思わなかった!この素敵な二人に弘前の美しい街の描写を綴ってほしい。桜の季節の弘前は本当に美しい。ライターさんお願いします!!
2024/03/23 12:4718
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