2024.04.09
今日、私たちはあの街で Vol.9咲が向かったのは、銀座だ。
待ち合わせ場所のGINZA SIXに到着したのは、約束の18時半よりかなり早い時間だった。
ぽっかりと空いてしまった時間をどうしていいか分からず、とりあえず化粧室に入り、髪や化粧を整える。
― こんな感じで、大丈夫かな…。
時間がたっぷりあるからか、何度も鏡を見直す。
銀座には、街に似合ったキラキラと美しい女性たちがたくさんいて、自分が浮いていないか気になってしまう。
― 何年も一緒にいた人に会うだけなのに、なんでこんなに緊張するんだろう。
咲がこれから食事を共にするのは、大学の先輩であり元恋人でもある、克哉だ。
互いに嫌いになって別れたわけではない。咲が渡欧を決めたことをきっかけに、年末に別れを切り出したのだ。
学生時代、まだ恋人でなく仲の良い先輩後輩だったころから、克哉はことあるごとに咲にご馳走したがった。
会うたびに臆面もなく「可愛い」「好きだ」と咲に言い、たとえ周りに誰がいようと、いつでも愛情表現を惜しまないのが克哉のやり方だった。
― 笑っちゃうくらいに、毎日追いかけられたなぁ。重すぎる愛情だったけれど…。
5度目の告白を受けて、咲は覚悟を決めた。ここまで愛してくれるのならば「受け止めよう」と。
そして、恋人同士になってからは、猫可愛がりと言っていいほど愛してくれた。
咲に「愛される人生」という幸せを教えてくれたのは、間違いなく克哉だ。
しかし、克哉とふたりで会うたびに。克哉に触れられるたびに──咲は、小さな胸のつかえを感じていた。
他に好きな人がいるわけではない。
過去に未練があるわけでもない。
克哉が嫌なわけでもない。
ただ、克哉を異性として見ることができない。
― 克哉を好きになれば、最高に幸せになれる。好きになりたい、と何度も願ったけど…。
優しくされればされるほど、罪悪感が澱のように心に溜まっていく。
昨年からはついに、仕事が忙しくなったのを口実に、咲から連絡する頻度が落ちていった。
克哉からの電話は増え、声色から寂しさが伝わってきたが、いざ会ってもそっけない態度を取ってしまう。
これ以上傷つけたくない。
そんな自分勝手な思いを包み隠すように、留学を言い訳にして克哉に別れを告げたのが、年末のことだった。
化粧直しを終え、回想に浸りながらフラフラとウィンドウショッピングをしていると、いつのまにか時計の針は18時半を指していた。
約束の店『銀座 真田 SIX』に入ると、すでに着席していた克哉が、懐かしい笑顔で迎えてくれる。
「日本を離れる咲のために、美味しい和食とお蕎麦食べさせてあげたい」と、そう考えてくれたのだろう。
長野出身の咲を想って、故郷信州の味が楽しめる店を選んでくれた、克哉の心遣いが嬉しかった。
「咲、元気だった?渡欧の準備は進んでる?」
「元気だよ!ありがとう。手続きも落ち着いて、あとは簡単な身支度だけ」
ふたりが顔を合わせるのは、別れ話をした日以来のことだ。
― 「どうしても渡欧前に会いたい」と言われて、克哉からの誘いを受けてしまったけれど…。
断りきれなかった自分の判断は、正しかったのだろうか?
咲は、元恋人を前にしてどんな顔をすればいいのかわからず、遠慮がちに克哉の隣に腰掛ける。
「よかった。旅立つ前に咲に会えて」
克哉は、そんな咲の気持ちに気づいているのかいないのか、少年のように無邪気な笑顔を見せた。
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