アオハルなんて甘すぎる Vol.6

外資製薬会社に勤める27歳女性。社内評価の高い、売れっ子MRの元カレが最悪で…

実は就職活動をするとき、これがやりたい!という仕事を見つけられなかった。それが自分のコンプレックスになっていることを私は自覚している。

第一希望だった翻訳小説に強い中堅出版社に落ちた後、父に勧められるままに受けた地元福岡の広告代理店や銀行にも落ち続け、もともと面接が得意ではないこともあって、就職活動そのものが苦痛になってきていた。

ちょうどその頃、たまたま再会した大学のゼミの先輩が、今働いている製薬会社のMRだった。その先輩に事務職としての応募を勧められた。

製薬会社なんて考えたこともなかったのに、どこかに就職しなければ周りに取り残されるという焦りから試験を受けた。すると幸いにも入社できてしまったのだ。

入ってみると、仕事は向いていた。私の大学での専攻は英文学。ずっと文系ではあったけれど、数字は昔から苦手ではなく、英語の読み書きも完璧だとは言えずとも好き。英文の文書に難しい専門用語があっても翻訳ソフトにも頼れば、十分に対応できる。


でも入社5年目になった今でも、この会社でキャリアアップするイメージがわかず、財務や税務の資格を取ることにもポジティブになれずにいた。

もうすぐ28歳になるのに…と少し情けなくなりながら歩いていると、肩をたたかれ振り向いた。

― げ…。

「久しぶり。元気だった?」

振り向いたことを後悔した。満島祥吾。私が、この会社に入るきっかけになった大学の先輩であり、浮気した元カレだ。別れを告げたのは彼の方なのに、会う度少しも悪びれず話しかけてくるのだから神経を疑うどころの話ではない。

「お疲れ様です」

完全無視ができない自分の性格が憎い。挨拶だけを口にし、もう一度背を向け歩き出したのに、有休とってたんだって?と笑顔で並んできた。

流石、社内評価の高い売れっ子MRはハートが強くていらっしゃる。ひとでなし、クズ、無神経のクソ男、と心の中で思いつく限りの悪態をつく。

「話したい事あって、昨日も宝の席に行ったんだけどさ。有給で休んでるっていうから」
「…」
「珍しいよね、宝が金曜日から月曜日まで休むって。どこ行ってたの?」
「…」

勘弁してほしい。この男の声を、気配を、至近距離で感じるだけで…必死にごまかしてきた…治ったふりをしていた傷口から血が噴き出してきそうで怖いのだ。

「あの…さ。今日夜、飯食わない?宝の好きそうな九州居酒屋見つけてさ」

悔しい。未だにこんなに動揺させられるのが悔しい。悔し過ぎて、鼻の奥がツンとしてその条件反射で涙が浮かびそうになる。

― やばい、このままじゃ…。

絶対泣きたくない。泣いたらこの男は…私が自分に未練があるのだと、ありえない勘違いをするだろう。それは死んでも嫌だと唇をかみしめた時、ポケットに入れていた携帯が鳴った。

『お疲れさま。仕事頑張ってる?昨日までパリで一緒にいたのに…とは思ったんだけど、今夜空いてない?約束のデートのお誘いです』

大輝くんからだった。

― 神様!仏様!大輝様!!!!

私は勢いよく、その大輝くんからのLINE画面を、祥吾の顔の前に突き付けた。

「今夜は…デ、デートなので!」

祥吾が固まり、その視線がLINEの全文を読んだことを確認してから、私は、世界で一番ムカつく男を置き去りにした。


▶前回:「東京での成功に、ものすごく憧れていた…」27歳女性が男の苦労話に涙した理由

▶1話目はこちら:27歳の総合職女子。武蔵小金井から、港区西麻布に引っ越した理由とは…

次回は、3月9日 土曜更新予定!

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この記事へのコメント

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No Name
神様!仏様!大輝様!!!!
タカラちゃんかわいいね。
2024/03/02 05:2967返信3件
No Name
弾丸パリ旅行、行きたくなりました。
この連載はお話の内容も面白いし、きらりと光る表現や文章がとても魅力的! どんな素晴らしい作家さんが書いているのだろう…
2024/03/02 05:3253返信1件
No Name
読み応えあり
2024/03/02 05:5231
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