待ち合わせた場所は、東京駅からのアクセスも抜群なKITTE丸の内だ。
少し早めに1階のアトリウムに到着した美香は、開放感のある吹き抜けを見上げる。
すると、自分のいる空間が特徴的な三角形になっていることに気がついた。
うち二辺は、線の美しさを感じられるモダンな新築の壁。白く塗られた一辺は旧東京中央郵便局舎の骨組みの切断面だ。
古いものと現代のものが混じり合った心地よいノイズには、どこかしら神戸と共通する雰囲気が感じられる。
うっとりとアトリウムの美しさに見惚れていると、背後から声をかけられる。
「美香さん。お待たせしました」
振り返ると、優しい笑顔の男性が立っていた。麻人だ。想像していたよりもずっと自然体で、穏やかな魅力に溢れている。
「はじめまして、美香です」
そう言いながらも美香は、会うのが初めてではないような不思議な感覚を抱いていた。
「行きましょうか」
さっそく麻人は、美香をディナーの店へとエスコートする。2人の歩くスピードは自然とテンポが揃っていて、美香はなんだかくすぐったいような気がした。
◆
向かったのは『アルカナ東京』。遊び心あるシェフの手がける身体に優しいフレンチで、美味しいワインと共に新鮮な野菜をたっぷり食べられるという評判に、ふたりで楽しみにしていた。
広々として洗練された店内に入ると、開放的なテラスに面した席に案内される。
― 最近隠れ家バーみたいなところばかり行っていたから…広々としたレストラン、新鮮でいいな。
東京の中心・丸の内らしく、どこかビジネス感の残る品格のある客層に、美香は居心地のよさを感じた。
「美香さん、今日はわざわざ東京駅まで出てきてくれてありがとう」
「ううん。このあたりに来たの、久しぶりで…。新鮮でワクワクする」
美香は麻人が関西出身なのかと思っていたが、会話からは関西のイントネーションを感じない。
「麻人さん、もともとは東京にいたの?」
「そう。大学まではずっと東京で。…と言っても、たぶん美香さんがイメージするような東京ではなくて」
麻人の出身はたしかに東京ではあるものの、都心ではなく、自然の多い郊外らしい。
「小さい頃は渓谷が遊び場で。川で泳いだり、森を探検したり。実家の前の林にはムササビが住んでたよ」
「東京に、そんなに自然豊かなところがあるんだね」
「23区だけが東京じゃないよ。美香ちゃんの実家に帰るよりも、帰省に時間がかかるかも…」
「そうなの?」
美香が東京の港区に住み始めて4年経つが、東京にそんな多様性があることは全く知らなかった。
古いものと新しいもの。自然と都会。そのノイズとも言えるアンバランスさに、あらためて好奇心を掻き立てられる。
不思議な表情で固まっている美香を見て焦ったのか、麻人はフォローするかのように続けた。
「そんな地元でも、俺は好きだよ。空気が澄んでいて、星空がすごく綺麗で」
星空、と聞いてふと窓の外に目を向けると、KITTEから見上げる夜空も、藍色が濃くなり始めていた。
もちろん、東京のど真ん中だ。星は見えない。けどその代わりに、星空にも負けずとも劣らない丸の内の夜景が輝きを増している。
― 東京の男性は合わない、なんて、決め込んでいたけど…。
そこまで考えてから、美香はちらりと麻人の方を見やる。
次々と出てくる麻人の新鮮な価値観、純朴さに、すっかり心惹かれはじめていることを自覚するのだった。
食事を終えた頃には、時計の針は21時近くを指していた。麻人が乗る新幹線の出発時間が迫っている。
「もうこんな時間…。麻人さんが大阪に着く頃には、深夜になっちゃうね」
「移動中に休むから大丈夫だよ。…あのさ、お別れの前に、5分だけ時間をもらってもいい?」
「…?」
麻人に促されてレストラン脇の通路を抜けると、そこはJR東京駅丸の内駅舎を一望できる、屋上庭園になっていた。
「わぁ…綺麗。こんなに近くに、東京駅舎を見下ろせる場所があったなんて」
KITTE丸の内がほどよい低層ビルであることで、屋上庭園からの景色は、視界いっぱいに赤レンガの豪壮華麗な洋式建築が広がっていた。
モダンな高層ビルの煌めきを従えた東京駅を見ていると、レトロな駅舎が醸し出すノスタルジックな雰囲気で、異人館や洋館の残る神戸の街並みへの懐かしさが込み上げてくる。
美香は、感嘆のため息をつきながら空を見上げた。
あいかわらず星は見えず、夜空は遠くまで薄明るい。だけどその明るい空が、ここ東京の中心からどこまでも繋がっていのだと感じる。
麻人が瞳にレンガ色の駅舎を映しながら呟く。
「この景色を見ると、東京に憧れる」
「うん。って…麻人さん東京出身でしょ」
麻人がきょとんとした顔でこちらを向くので、美香は思わず笑ってしまう。
「あ、そうか。そうなんだけど…。古いものを大事にしながら、未来に向けて変わり続けていく。東京の街のそういうところ、いいなって」
その瞬間──。美香は突然、腑に落ちたような気がした。
― そうか。私も、東京のそういうところが好きなんだ。
そして同時に、意外な事実にも気がつく。
古い価値観を大事にしながら、未来に向けて成長する。それは、美香がなりたい自分の姿、そのものだ。
「そっか。そうだね」
麻人に同意しながら、美香は密かに淡い期待を抱いた。
― 麻人さんなら、このままの私と一緒に、歩いていってくれるかな…?
しばらく夜景を眺めた後。新幹線出発の時間もいよいよ近づいたため、ふたりは先ほどまで眼下にあった丸の内駅舎ドームの下へやってきた。
「次回は、麻人さん憧れの街・東京への引っ越し祝いしようね」
「うん。また来月、東京で」
名残惜しい気持ちをぐっとこらえながら、互いに手を振る。麻人の背中が、改札の方へと吸い込まれていく。
麻人を見送って東京駅舎を出ると、柔らかな風が美香の頬を撫でた。
― …新しい、春の風だ。
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頭をよぎるのは、あの時の後悔。コレド室町で見かけたのは、見覚えのある彼の姿で…
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この記事へのコメント
いやその前に知らない。 京大・阪大や関関同立なら関東の人でもよく知ってるけど甲南女子言われても.... 関西ではどんな評価なのかさえ知らん。学費高くて親が裕福じゃないと行けないのかな、検索したら偏差値40〜になってた。