SPECIAL TALK Vol.110

~自分が飲みたい日本酒で世界に挑戦し、日本酒業界に革命を起こしたい~


手探りの結果、生まれた酒はネットで即座に完売


金丸:日本酒と出合って感動したあとどうされたんですか?

平野:父と銀行にお金を借りて、会社を設立しました。

金丸:ご両親はなんと?

平野:父は「いいじゃん、日本酒」って応援してくれましたが、母には止められました。僕は大学を2回辞めているし、父に借金してアメリカに留学したので、「起業なんてありえない。普通に就職してほしい」と。

金丸:母親はそうですよね。でも今は応援してくれている?

平野:はい、一番の応援者です。

金丸:会社を設立してすぐに日本酒造りに取り掛かったんですか?

平野:いえ、まずは日本酒のサブスクリプションサービスを始めました。

金丸:日本酒が定期的に配送される。それはそれでいいような気がしますが。

平野:ただ結果的に、単独ではできないビジネスだと気づいて、「やはり日本酒を造ろう」と。200〜300の銘柄を飲んで、「これは!」と思った30蔵ぐらいに絞り、日本各地の酒蔵に出向いて、「お酒を造ってもらったら、タンクごと買います」と交渉して回りました。

金丸:いきなりですか?!酒蔵は保守的なところが多そうですが、ちゃんと相手にしてもらえましたか?

平野:当時、僕は22歳ぐらいで実績もまったくない。だから断られ続けて、最後にたどり着いたのが、今TAKANOMEを造ってもらっている、はつもみぢさんだったんです。

金丸:では、その頃からのお付き合いなんですね。

平野:クラウドファンディングで300万円くらい集めて、最初に造ったのが、「鷹ノ目」と書いて「ホークアイ」と読ませるお酒でした。TAKANOMEと名前こそ似ていますが、味はまったく違うもので。

金丸:ホークアイも好評だったんですか?

平野:それが……。僕は濃厚で、フルーティーな味わいがしっかり出ているものを造りたかった。テストではうまくいったんですが、実際に出来上がってみるとドライで、違う味わいになっていて。

金丸:そこが日本酒造りの難しさですよね。品質を安定させるのが、本当に難しい。

平野:それでもみんな「美味しい」と言ってくれたんですが、狙ったものを造れなければ、ビジネスとして成り立たない。それで製造をいったん止めました。でもこれで終わりではなく、酒蔵さんとコミュニケーションを取りながら、いかに品質を安定させていくかを考える一方で、200人くらい集めて日本酒のイベントを開催したり、日本酒のメディアを立ち上げたりといった活動をしていました。

金丸:日本酒を軸にいろいろと模索する時期があったんですね。

平野:イベントもメディアもビジネスとして成立するレベルではなかったけど、マルシェに出店して、日本酒をお客様に直接販売する経験をしたのは大きかったですね。目の前で飲んでもらうことで、お客様のストレートな反応が分かりました。

金丸:その反応を日本酒造りにも生かせますからね。

平野:自分の造りたいお酒が、どんなふうに受け入れられるかを知ることができたのは良かったです。そうしているうちに、試行錯誤していた日本酒の品質が自信を持って販売できるレベルに上がってきたので、日本酒造りを再開したんです。

金丸:それがTAKANOMEですね。販売を始めたのはいつですか?

平野:2019年の10月です。2ヶ月後の12月には、5分で400本が売れました。

金丸:すごいスピードでTAKANOMEの良さが広まったんですね。

平野:受付を始めたら信じられない速さで注文が来てしまい。「在庫がやばいかも」と5分で止めたら、すでに注文数は400本。自信はあったけど、これほど支持されるとは思っていなくてびっくりしました。

薄利多売ではなく、付加価値重視への転換


金丸:TAKANOMEは4合瓶(720ミリリットル)で、1万5,400円です。この価格はどのように決めたのですか?

平野:全国の酒蔵を回っている時に、職人さんから「日本酒業界は薄利多売だ」という声を何度も聞きました。10万本造っても売上が1億円で、利益が100万円残るかどうか、という酒蔵がたくさんあると。本来は日本酒だって、ロマネコンティのように年間6,000本で、売上何十億という酒蔵があってもいいはずです。

金丸:日本はブランドを作るのが苦手ですからね。それに、若い人たちの日本酒離れも進んでいて、国内の消費量は減少し続けています。

平野:特に小規模な酒蔵さんは製造にこだわっているところが多いんですが、これほど薄利多売だと、ボトルのデザインとか販促にお金をかける余裕がない。お客様に日本酒を楽しむ“特別感”を体験してもらうには、マーケティングやブランディングにも力を入れていかないといけないので、製品そのものの価格を上げていく必要があると感じています。

金丸:平野さんがもともと日本酒業界の中にいたとしたら、このような価格設定はできなかったでしょう。だけど、日本酒らしからぬ価格であっても、選んで飲んでくれる人が実際に大勢います。

平野:僕は素人同然だったので、「自分が本当に美味しいと思える日本酒を造りたい」という視点しかなかった。それが逆に良かったのかもしれません。

金丸:ところで、TAKANOMEは精米歩合が非公開ですよね。

平野:精米歩合が高いと味はスッキリしますが、味わいが均質化してしまいます。酒米を使っているからこそ出せる味があるのに、その良さを捨ててしまっているように思えて。

金丸:雑味にこそ、それぞれの酒蔵のこだわりが見えるし、飲む側としても「これがいい!」と選べるものだと思います。

平野:日本酒の価格は、原価から計算することが多く、低い精米歩合のお酒は米を削るのにコストがかかるぶん、価格が上がるのは当然なんです。

金丸:でも、それは「付加価値」とは言えませんよね。

平野:だから精米歩合の情報にとらわれず、米本来の味わいを楽しんでほしいと考えて、精米歩合を非公開にしています。

金丸:なるほど。既存の酒蔵を守るために国がさまざまな規制をしてきたこともあり、日本酒は非常にクローズドな業界です。

平野:そうですね。ワイナリーがどんどん増えているのとは対照的だと思います。

金丸:国内においてワインは新天地だから、新規参入ばかり。そのなかでうまくいくところもあれば、うまくいかないところもある。でも、熱心なファンがつかなければ続かないというのが、健全な市場のあり方かと思います。

平野:保護産業になると、適正な企業競争が起こりませんから。

金丸:サッカーだって、レギュラーになると外されることがない環境だったら、選手は努力をやめてしまうはずです。

平野:そんなチームだと、入りたい人もいなくなるだろうし。

金丸:だから、むしろ新陳代謝が起こるように仕向けるべきだと。ちなみに、熟成のことは考えておられますか?ワインが典型ですが、熟成させると味もさることながら、それだけ価値が高まるというのがグローバルな価値観です。

平野:それが日本は、グローバルな基準からいろいろ外れているんです。たとえば、焼酎もちょっとでも色が濁ると焼酎として認められない。だから樽熟成した焼酎を流通させることができません。

金丸:じゃあ、法律も変えなきゃいけませんね。

平野:ワインは個人で出資できるファンドもあって、株よりも安定しています。リーマンショック以外で安くなったことがない、といわれるくらいです。メリット、デメリットはあるでしょうが、日本酒が世界に打って出るには、金融も巻き込んでいく必要があると考えています。

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