一葉の私見だが、社内の男性は、代理店男子のキャラを地で行くタイプが多い。例えば、自分に自信があって、仕事を成功させるためなら容赦なく人を使う。
一葉が、半年前に別れた彼もそうだった。
しかし、高野は彼らとは真逆だった。年下の社員を呼び捨てにしたり、使いっ走りにすることはない。
その人の能力に応じて仕事を任せ、それができないときには手を差し伸べる。そのタイミングも絶妙だ。
いつも折り目正しい仕立ての良いシャツを着ていて、清潔感がある見た目にも一葉は惹かれた。
高野と一緒のチームになってから、一葉は「仕事って楽しい」と思うようになった。仕事中に彼が視界に入っていると嬉しくて、自然とやる気が湧いてきた。
「もしかして私、高野さんのこと…」と気づいた時には、どっぷり好きになっていた。
しかし、好きで好きでどうしようもない恋は、いつだってどうにもならないと相場は決まっている。
◆
「小山さん、この間頼んだヒアリングは終わってますか?」
不意に高野から呼び止められ、一葉の鼓動は高まる。
「はい、一応終わってるんですが、まだ企画書ができてなくて…。すぐやります」
「いや、ヒアリングまで終わってれば十分です。参考資料を後で送るから、昼休みはちゃんと取ってね」
こんな高野の小さな配慮も、一葉にはとてつもなく嬉しい。
「一葉、久しぶりにランチでもどお?」
背後から別のチームに所属する同期の桜子が声をかけてきた。
「うん、行こう」
一葉は上着とスマホを手に、桜子と連れ立って外に出た。
「高野さんと同じチームだと仕事やりやすそう。一葉、忙しそうにしてるし、安心したよ」
「え、なんで?」
安心してるという一言が引っかかり思わず聞き返した。
「いや、ほら元彼と別れて、落ち込んでたからさ」
一葉の中ではすでに遠い過去になりつつある、元彼の話が桜子の口から出たことに驚いたが、気持ちはぴくりとも動かなかった。
「この前、恵比寿で彼が彼女と歩いているところを見かけたけど、なんともないよ。だって、半年も前だよ?別れたの」
さっぱりした様子で答える一葉だが、当時は本気で退職を考えるほど、落ち込んだ。
元彼は食事会で知り合った女性に気持ちが傾いてしまい、唐突に別れを切り出してきた。
付き合った期間は、1年とちょっと。彼からの猛烈なアプローチで始まった恋愛だったが、気づいた時には一葉の方が夢中になっていた。
振られたときは、食事もとれないほど落ち込み、心配してランチや食事に誘ってくれる桜子の前で涙を流した。
そんな時、産休に入った女性の代わりに、一葉は急遽高野のチームに配属されることになったのだ。環境が変化したことや、高野という「推し」ができたことで、元彼のことは案外すぐに忘れることができた。
「ところで、来週水曜日、IT系のハイスペ男子と食事会あるけど、一緒に行かない?」
今フリーの桜子は、最近精力的に食事会を企画しているらしく、ことあるごとに一葉を誘ってくれる。
一葉は、興味が持てず、いつも断ってしまうのだが。
「ごめん、行きたいんだけど、その日はプロジェクトの打ち上げがあるんだよね」
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