「元カレのことが忘れられなくて…」
雅紀の告白に対し、玲奈は深い悲しみを滲ませるように返事をした。
ひとりの男を、別れてもなお一途に思い続ける執念のような感情が、玲奈に妖艶な色香を纏わせているのだと悟ったのだ。
2度目の告白も同様の理由で断られ、今日は3度目の場を迎えていた。
場所は六本木ヒルズにある『THE SUN & THE MOON(ザ サン & ザ ムーン)』。
“3度目の正直”となることを祈り、これが最後のチャンスとばかりに渾身のひと言をぶつけたが、玲奈は、俯いたままだ。
― 今回もダメなのか…。
そう思った途端、玲奈が顔を上げ、雅紀を見つめる。
彼女の口もとは、微かに笑みを湛えているようにも見えた。
「ありがとう」
玲奈が言った。その返答に雅紀は戸惑う。
「え…。それは、どういう…意味?」
玲奈はひとつ頷いて、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「ええっ!付き合ってくれるってこと!?いいの?でも、何で急に…」
「嬉しかった。『忘れさせる』って言ってくれて。私も、前に進まないとね」
雅紀の胸に、玲奈のためならすべてを投げ打ってもいいと思えるほどの喜びが込み上げる。
「うん。俺、忘れさせるから。絶対に」
雅紀は自分に言い聞かせるように呟いた。
◆
玲奈との交際が始まり1ヶ月が経った。
付き合っていることに対して、雅紀はしばらくのあいだ違和感を拭えずにいた。
でもそれも徐々に薄れ、玲奈が自分の彼女だと実感を持てるようになっている。
今日は2人で上野動物園に出かけ、帰りに御茶ノ水にある玲奈のマンションを訪れていた。
「シャオシャオもレイレイも可愛かったなぁ~」
パンダの戯れる姿を思い出したのか、玲奈が顔をほころばせる。
大人っぽい雰囲気に似つかわしくない無邪気な発言に、雅紀はどうしようもなく男心をくすぐられる。
「そうだね。また会いに行こう!」
デートに出かける際、行き先はいつも玲奈が提案してくれる。おかげでプランに悩むことがなく、雅紀はありがたく思っていた。
これまで、動物園のほかに、水族館や遊園地などを巡った。
デートの行き先として定番の場所が多く、新鮮味がないのではないかと不安に感じたが、玲奈はどこに出かけても楽しそうな笑顔を見せた。
「今度さ、2人で旅行に行かない?」
雅紀がたまには自分からも提案してみようとプランを伝える。
「お互い仕事あるし、1泊2日ぐらいで。そんな遠いところには行けないけど」
「それなら箱根がいい!」
玲奈がすぐに希望の行き先をあげた。
「箱根か、いいね。温泉ね!」
「うん!美術館とかもいっぱいあるし。ちょっと調べてみよう」
早速、玲奈がノートパソコンを開いて検索を始める。宿泊先や周辺のスポットなどをリサーチする様子を、雅紀は傍らで眺めた。
そこで、玲奈のスマートフォンが鳴った。
「あ、お母さんからだ」
玲奈は電話に出ると、雅紀に目でサインを送り、隣の部屋に移った。
雅紀はノートパソコンを自分のほうに向け、リサーチを引き継ぐ。
すると、途中で操作を誤り、プラウザを閉じてしまった。
デスクトップ画面の背景画像に、いくつかのフォルダが表示されている。
そこにひとつ、『思い出』というタイトルのフォルダを見つけた。
― 思い出…か。なんだろう。ちょっと気になるな。
雅紀はどこか気が引けたが、玲奈の電話がまだ終わりそうもなかったため、カーソルを合わせクリックしてみた。
この記事へのコメント
玲奈は元彼を忘れないようにしてる気がしてならない。来週も楽しみ!
夏だしちょっと怖い系の連載読みたかったから嬉しい。
『港区ミステリー』ではなく『東京ミステリー』とのタイトルもいいね。