2023.07.20
男と女の東京ミステリー Vol.1人の心は単純ではない。
たとえ友情や恋愛感情によって結ばれている相手でも、時に意見は食い違い、衝突が起きる。
軋轢や確執のなかで、感情は歪められ、別の形を成していく――。
これは、複雑怪奇な人間心理が生み出した、ミステリアスな物語。
思い出の上描き【前編】
「元カレのことは、俺が忘れさせるから…」
雅紀は、「今こそ告げるべきタイミングだ」と見極め、予め用意していたフレーズを強い口調で伝えた。
しかし、テーブルを挟んで向かいの席に座る玲奈は、俯いたまま黙っている。
― ああ、今回もダメなのか…。
◆
雅紀が玲奈に交際を申し込むのは、今日が初めてではなかった。
玲奈と出会ったのは3ヶ月ほど前。
大手食品会社に勤める雅紀が新商品の開発に携わった際、プロモーションを依頼した会社で広報を担当していたのが、玲奈だった。
打ち合わせで最初に顔を合わせたとき、印象に残ったのはその“妖艶さ”だ。
雅紀と同じ29歳だが、どこか影をまとったような佇まいに、年齢以上の大人っぽさを感じる。
いつの間にか心の隙間に、玲奈が入り込んだ。
彼女を常に意識するようになった雅紀は、ついに自分から食事に誘った。
そして、最初の告白。
そのときに雅紀は、玲奈から漂う怪しげな魅力の要因を垣間見る。
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