
甘いひとくち〜凛子のスイーツ探訪記〜:金曜日の夜。社内随一のデキ女が独り訪れたのは…
凛子が向かったのは、銀座にある、『資生堂パーラー 銀座本店サロン・ド・カフェ』。
ここのパフェは、凛子の人生における必須アイテムと言っても過言ではない。
毎シーズン、足繁く訪れている。
― 季節によってメニューが変わるのがいいのよね。
凛子は、事前にインターネットでチェックしていた「ストロベリーパフェ」を注文する。
― 新潟県の寒いなかで育ったイチゴかあ。
どんなに甘いだろうかと思いを馳せていると、美しくカットされた新潟県産のイチゴが盛り付けられたパフェが登場する。
凛子はスプーンの上にバランス良くイチゴとクリームを乗せて、そっとほおばった。
「んんんんん」
かるくのけぞって、恍惚とする。
― 甘い。それに、すっごい柔らかい…。
口の中に、春のみずみずしさが一気に広がる。
「はあ…」
凛子は、先ほどの定例会で秋坂に向けていたのとはまったく違う、とろけるような笑顔を見せた。
甘いひとくちをほおばっているとき。
その瞬間だけ凛子は、あらゆることを忘れて別世界へと羽ばたける。
誰よりも幸福な華金を過ごしていると、凛子は自負した。
止まらないスプーン。どんどん減っていくパフェに名残惜しさを覚えながら、凛子はスイーツの世界に身を浸す。
身に余るような幸せをチャージし終わると、後ろ髪を引かれる思いでエレベーターを降りて、銀座通りに降り立った。
その瞬間、今度は私用のiPhoneが震える。
『昌文:おつかれ。金曜だし軽く飲みに行こうよ』
彼氏の昌文からだ。昌文は、10歳年上の先輩でもある。
将来の役員候補とささやかれる、敏腕の営業マン。4月で、付き合ってちょうど2年が経ったところだ。
社内ではよく「将来有望のお似合いカップル」と言われるが、凛子はなんだかむずがゆい。
― …行くか。仕事は、その後に寝ないでやればいいか。
『凛子:ぜひ。今銀座にいます』
返事を送った凛子は、仕事のスケジュールが急に入ったときと似たような感覚を覚える。
実際、凛子にとってデートというのは、仕事に近い。
相手の思っていることを観察して、その通りに振る舞ったほうがいい結果になるという点で。
― 昌文さんにとって、いい彼女でいないと。
凛子は彼氏にも、強迫観念めいたものをうっすら感じていた。
たとえば昌文は、凛子によく「凛子は年齢のわりに大人で物事をわかっているから、一緒にいて心が安らぐ」という。
凛子はその評価に対して、「そうしなきゃ」と指示されたような緊張感を覚えるのだ。
― 私って、誰に対してもそうかも。相手の期待に応えようとするあまり、自分の素を見せられないというか…。
両親にさえも、気をつかう。
期待に応えようとするあまり、学生時代からずっと、本当の自分で会話できていないような気がしていた。
友人だって同じで、ありがたいことに知人の数は多いけれど、「親友」であると胸を張って言い合える間柄の人は1人もいない。
― もしかしてこれって…かなり孤独?
突然頭をもたげた悲しい自己評価に困惑しながら、凛子は「さっきのパフェ本当に美味しかったなあ」と気をそらした。
甘いものがなかったら、身が持たないかもしれない。たまに、本気でそう思う。
― いいや、大人なんてみんな孤独よ。
凛子は、昌文に会うならちゃんと化粧直しをせねばと、GINZA SIXのパウダールームを目指して歩いた。
▶他にも:「私たち付き合ってるの?」と聞けないまま…。33歳女が迎えた悲しい結末とは
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