
甘いひとくち〜凛子のスイーツ探訪記〜:金曜日の夜。社内随一のデキ女が独り訪れたのは…
「ほんと、木野瀬さんに頼ってばかりで、…僕、木野瀬さんと同い年なのに。情けないばかりですよ」
秋坂は目尻を下げ、照れ笑いした。
凛子は学生時代からずっと、どのコミュニティにいても「できる人間」として頼られる。
切れ長の瞳に、通った鼻筋。167センチの高身長。
そんな見た目が、“かっこいい”という評価につながっていることも自覚している。
学生時代にはバレー部のキャプテンを務めていたし、成績もよく、慶應義塾大学経済学部を出た。
その肩書も、デキる印象を大きく押し上げているのだろうと、他人ごとのように分析していた。
― でも…。
1階ロビーで秋坂に挨拶し、ビルを出てしばらく歩いた凛子は、立ち止まってふうっとため息をついた。
― 私は本当は、“デキる女”なんかじゃない…。
生まれつき頭や器量がよくて、息を吐くように成果を出せる人種がいることを凛子は知っている。
凛子は、そのようなタイプとは程遠い。
ただ単に、あらゆる準備を入念に行なうタイプだからこそ、勉強でも、仕事でも、成果を出してきたのだ。
いつも失敗しないか、迷惑をかけないか、誰よりもヒヤヒヤしている。
― つまり私は、心配の天才。小心者なのよ。
実際、要領がいいとも言い難い。
部活では毎日深夜や休日に自主練をしてバレーボールの技術を磨いた。高校2年になると、ちょっとの隙間時間も惜しんでヘトヘトになりながら勉強した。
仕事だって、同じだ。
時代に反していると言われるだろうが、休みの日に資料をブラッシュアップしたり、プレゼンテーションの勉強をしたりしているからこそ、凛子は成果を出せる。
「失敗できない」という強迫観念にも似た思いが、凛子を“デキる女”に仕立てあげているのだ。
時刻は17時30分。
心身の疲労を感じながら、渋谷にある会社へ戻ろうと急ぐ。まだ仕事が残っているのだ。
そのとき、社用のiPhoneが震えた。すかさず通知を見ると、メッセージは部長からだ。
『部長:今日はもうあがっていいですよ。僕ももう飲みにいくので。華金たのしんで!』
― うーん。まだ、仕事は残ってるのよね。
帰社するか迷ったが、家でやろう、と決めた凛子は上司に「わかりました」と返事をした。
その瞬間。
凛子は踵を返し、銀座方面に向かう。
― 金曜の夜、このちょっと早い時間に、新橋で暇になったなら…!
目指す場所は、ただひとつだ。
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