同窓会での再会により、恋愛に発展するケースが多いという話は、よく耳にする。
といっても、智也はそんな通説にさほど興味を抱かなかった。
なぜなら、恋愛対象を、年下としていたからだ。
29歳の自分に対して、付き合うなら20代半ばがベストと考えているため、同じ歳の集まる同窓会には魅力を感じなかったのだ。
だが、恵美を目の前にして、その意識が変わりつつある…。
「これ美味しい!前野も食べたほうがいいよ。ほら」
隣で鴨のコンフィを口に運ぶ恵美に、不思議な感情が芽生える。
中学時代からの著しい成長を感じ、感慨深さが込み上げ、恋心とでも捉えてしまいそうな淡い思いを抱かせるのだ。
「ねえ、前野」
恵美の呼びかけに、「んん?」と彼女に視線を移す。
「前野ってさ、結婚してるの?」
胸の内を見透かされた気分になり、智也はドキッとさせられる。
「いや、してないけど…。なんで?」
「あの約束。覚えてる?」
― 約束…?俺、なんか言ったかな…。
「忘れちゃったの?ほら、『30歳になるまで独身だったら、結婚しよう』って言ってたじゃん」
そう言われて、智也はハッとする。
― 確かに言った覚えがある!
当時、映画かドラマかで使われていたセリフを、そのまま伝えたのだ。
中学のころの智也は、容姿も言動も子どもっぽかったため女子たちに異性を感じさせず、親しくなりやすかった。
ところが、恋愛となるとからっきし。告白をしてもまるで相手にされず、「友だちとしか見られない」と定番の文句を幾度となく聞かされた。
そんななか、苦し紛れに口から出たセリフが、「30歳になるまで独身だったら、結婚しようよ」だ。
恵美が、じっと見つめたまま視線を外さない。
「あの約束、どうする…?」
― どうする…って言われても…。
智也は、この場面で言うべきもっとも相応しい言葉を探し、頭のなかで思いめぐらせていた。
「…なんてね」
恵美が左手をあげ、手の甲を見せるように智也の顔の前にかざす。
「私、先月結婚しました~。だから今は藤原じゃなくて、木嶋恵美で~す」
薬指にはめられた指輪が、キラリと光る。
「なんだよ!」
智也はそう苛立たしげに言ったが、どこかホッとしたような、ちょっと悔しいような後味の悪さが残る。
― まあ、そりゃあ29歳にもなれば結婚もするよな…。
すると、背後から声をかけられる。
「なになに。前野、フラれちゃったの?」
同じくクラスメイトだった羽田美紀だ。
「違ぇわ!こいつが適当なこと言ってきたんだよ」
「なによ、あんただって昔は適当なこと言いまくってたじゃん」
「何が…?」
「私も言われたんだよ。『30歳になるまで独身だったら、結婚しようよ』って」
美紀に指摘され、当時の記憶が鮮明によみがえった。
― そうだった…。俺、そのセリフ、よく使ってたんだ…。
中学生の智也は、自分があまりにモテないことに悲嘆しきっていた。
このままでは、彼女ができないうえに一生独身となり、孤独死するかもしれないと、本気で悩んでいた。思春期特有の強い思い込みに、思考が完全に支配されていた。
そこで、そのセリフに巡り合った。
「30歳になるまで独身だったら、結婚しようよ」
そこまで効力もあるとは思わなかったが、それだけに拒まれることもなかった。
だが逆に、29歳となった智也としては、今こそが男盛りであり、まだまだ結婚するつもりはなく、独身を満喫したいという思いが強い。
だから、過去に蒔いた種が、今花開かれても困るというのが本音だ。
「あ、ああっ!そんなこと羽田にも言ってたか~。バカだよな、俺。はははっ!」
智也はかつての発言が冗談であることを強調するように、大袈裟に高笑いした。
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