SPECIAL TALK Vol.94

~いいか悪いかは、実験してみないと分からない。好奇心とデータを武器に未来のかたちを探る~


自由な仕事を求めて、研究者の道に辿り着く


金丸:東大生のときは、将来についてどのように考えていたのですか?

成田:まず、朝起きられないというのは、何をするにしてもネックですよね。だから「いつ寝ても、いつ起きても、何をやっててもいい職業ってなんだ?」と考えました。

金丸:そんな職業、なかなかないのでは(笑)。

成田:でも探すうちに「研究者や大学教員って結構、自由なんじゃないか」と気づいて。

金丸:それが何歳くらいですか?

成田:20歳前後だと思います。

金丸:その時点で企業勤めという選択肢が消え、研究者への道を歩みだしたわけですね。

成田:はっきりしたビジョンがあったとか、強い意思で「これをやりたい」と選んだわけじゃないので、歩みだしたと言えるかどうか。「これは無理、これも無理」という消去法の結果、今の自分があるという感じです。

金丸:東大ではどちらの学部に?

成田:経済学部です。

金丸:ということは、もともと経済学に興味があったんですね。成田さんはさまざまなデータを活用しながら話をされるので、てっきり理系かと思っていました。

成田:理系は選んでいませんが、僕がやっていることは、理系と文系とが混じり合った研究だと思っています。コンピュータサイエンスや応用数学、工学的な発想はツールとして使う。でも解きたい問題は、どちらかというと社会や人間に関することですね。

金丸:では成田さんの中で文系・理系という壁はない?

成田:僕に限らず、その壁はだいぶ薄くなってきています。最近、アメリカで経済学は「STEM」(Science:科学、Technology :技術、Engineering :工学、Mathematics :数学の4つの頭文字を合わせたもの)に分類されます。

金丸:日本とは状況が違いますね。

成田:逆にコンピュータサイエンス、AI(人工知能)、機械学習といった領域の人たちが、社会問題を扱うようになってきていて、両側から壁を壊すような動きが活発になっていますね。

金丸:東大卒業後はどうされたのですか?

成田:大学院に進んで、その後はアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)に。

金丸:東大に残らずに留学されたのは、何か理由があるんですか?

成田:全然違う環境に行ってみたかったんです。いつも大学にこもって、実際に世の中で起きていることとはあまり関係のない、抽象的な問題を理論的に考えることばかりやっていました。でも具体的な政策問題やビジネス課題をもっと工学的に解決したいと思うようになり、その風土が強いMITを選びました。

金丸:ではこれを機に、今の仕事につながる路線に変更されたんですね。

成田:そうですね。あとは、MITがあるボストンは都会に違いないと思い込んでいたので、ボストンなら耐えられるんじゃないかと。そしたらただの田舎町で。

金丸:都会だと勘違いしたまま、決めてしまったって(笑)。ずっと東京で暮らしている人からすると、田舎に感じるかもしれませんが。

成田:それにすっごく寒いんですよ。冬はマイナス20度くらいになるので、防寒のためにスキーウェアを着て、地獄のような日々を送りました(笑)。2016年にはMITで博士水準の学位を取得し、イェール大学で働き始めました。

大学教員と起業家、日本とアメリカ。二足のわらじを履くことに


金丸:成田さんにとっては、イェール大学での仕事が本業になるんですか?

成田:そうですね。大学教員をしながら、「半熟仮想」と名付けた小さな企業を経営し、個人のメディアを運営し、言論活動をやっていますが、今は自分探し中です。

金丸:まだ、どこに向かって突き進むかは決めていない?

成田:今は一時的にいろいろなことを並行してやりまくっているので、どれも本業という感覚がなくて。ここからもう一度、何にフォーカスしたいかを考え直そうかなと。

金丸:では、これまで行ってこなかった分野に挑戦する可能性もあるわけですね。

成田:仕事もそうですが、例えば日本とアメリカの割合をどうするか、あるいは他の地域も含め、どこを拠点にやっていくかも考えなきゃいけません。

金丸:では、アメリカで永住権を取ることだってありえると。

成田:その選択肢は前からあるんですが、決断をずっと先延ばしにしています。というのも、永住権を取ってしまうと、1年の半分以上はアメリカで過ごさないといけなくて。僕はアメリカの大学や研究開発の環境は好きですが、生活する場としてはそんなに好きじゃないんです。

金丸:そうなんですか?成田さんのような個性の強い人は、てっきり日本よりアメリカのほうが合っているのかと。

成田:長年暮らして分かったんですが、アメリカ社会ってある種クールな社会なんですよ。日本では考えられないくらい徹底した階級社会で、階級の違う人たち同士は、本音では同じ人類だと思っていない。例えば、大学の近所で銃殺事件が起こって騒然となったとしても、撃たれた人が大学関係者じゃないと分かった途端、何ごともなかったかのように大学内が静かになります。

金丸:生まれた階級に関係なく誰にでもチャンスがあるからこそ、アメリカは「自由と平等の国」だと思うのですが。

成田:できれば階級が違う人たちとはかかわりたくない、という意識が強烈だから、建前として「自由と平等」を掲げないと社会がもたないんでしょうね。僕はその本音と建前の差が気持ち悪いんです。

金丸:その点、日本はそこまで階級意識を持っている人はほとんどいません。

成田:不動の貴族みたいな存在もないし、生まれが悪くても本人次第でなんとでもなる。はっきりしたスラム街もない。それが日本の良さでもあり弱さでもあると思います。敗戦で財閥が解体されたことで、特権的な人が存在しない社会を無理やり作り出してきましたが、見ようによっては傷痕でもある。だからいろいろ総合して見ると、いい国、悪い国、いい都市、悪い都市はないんじゃないかと思うようになりました。どこであろうと、ちょっと慣れたら醜さも見えてくるし。

金丸:確かにアメリカがいい、日本がいいとは、一概には言えないですよね。

成田:ただ、生活の場としてどこに住みたいかと問われると、やっぱり東京なのかなと。いろいろな人が入り乱れていて、カオスな都市の良さがあるし、生活を支える地味なインフラがとにかく素晴らしいですよね。トイレとか電車とか宅配とかコンビニとかデパ地下とか。

金丸:確かに海外に行くと、日本のサービスや製品のクオリティの高さを改めて感じます。

成田:今の日本は、大きな富にはつながらないクオリティの作り込みみたいなものが、良くも悪くも一番巨大な文化だという気がします。給料が上がらず、国全体が貧しくなっていると言われるけど、それでも生活は快適です。かなり貧乏でも、世界に比べたらそこそこいい生活ができますよね。無理して変える必要がないから、日本では大きな変化がなかなか起きないんだと思います。

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