
音と酒と料理が鳴る日常の異空間
一見趣味的に見えてプロの矜持が光る
カンテサンスで初代支配人を務めた吉田正俊さんが、自分の店を開け、腰を据えたと耳にした。旧テレ朝通り沿いの古いマンション地下。「こんな場所に?」と惑いながら重い扉を開けると、カウンターの向こうにベヒシュタイン製グランドピアノが鎮座する妖艶な空間が現れる。「音楽と一緒に料理を摘まみ、多彩なワインを楽しんでいただく場所」と言う吉田さんの風貌は随分変わったけれどその分リラックスして見える。
料理はコースのみで基本は20皿。各皿に合わせたワイン(時折、日本酒や焼酎)が供される。岩手短角牛、北海道・酒井伸吾さんの羊、鳴門・村公一さんのボラ……。小皿に盛られたそれらは焼く、蒸す、和えるなどシンプルに調理される。
だがそれは、斉須政雄さん、岸田周三さんなど、錚々たるシェフたちのもとでサービスを務め、あまたの良質な食材とそれを活かす技術を間近で見つめてきた彼だからこそ導き出せた最良の方法。「料理人じゃないし、腕を見せつけたいわけじゃないから」と微笑む。
音楽家がふらりと使う場にもしたいと吉田さん。料理やワインだけでなく音楽においても日常の中の美しい偶然に出逢えそうだ。