後日。僕は事件の当事者である高橋修平の病室を訪れた。彼は美麗にカッターで腹部を切られたが、幸い傷は浅く、回復に向かっているという。
「あなたは伊集院美麗さんと、不倫関係にあったそうですね」
いくつかの質問のあと、本題に入る。すると高橋は目を丸くして、思いもよらぬ言葉を発したのだ。
「彼女とそういう関係になったことは一度もありません。むしろ彼女のほうが、僕のことを王子様だとか言って、付きまとってきて…。急に刺されたんだ!」
「では、この写真はどういうことでしょうか?」
僕は1枚の写真を取り出した。それは、高橋が女性と仲良くホテルに入っていくショットだ。相手は伊集院美麗とは別人だが、彼が不倫をしていたという証拠になる。
「隣にいるのは奥様ではないですね?この女性は誰ですか?」
「それは…。でもこれは、この事件と関係ないじゃないか!」
声を荒らげる高橋をさえぎるように、僕は冷静に答える。
「あなたが“不倫の常習犯”という証拠にはなるでしょう。…示談にしませんか。拒否されるならば、奥様にも話を聞かなければいけません。あなたが不倫している事実も知られてしまいますよ」
僕の言葉に、彼はグッと言葉を飲み込んだ。
「僕は、本当に…。この伊集院美麗という女とは、何もしていないのに…」
高橋はそう繰り返していたが、最終的に示談書にサインしたのだった。
◆
「本当によかったですね。正当防衛になると思いますし、示談も成立したので、もうすぐここから出られると思いますよ」
伊集院美麗に報告しに行くと、彼女はパッと花が咲いたような笑顔を見せた。
「やっぱり先生は私の王子様だわ。幽閉されていた私を連れ出してくれる」
囚われの美女は、アクリル板の向こうでひときわ美しく見えた。
「めでたし、めでたし」の続き
半年後。杏奈と婚約し同棲を始めていた僕は、仕事にも恵まれ、望んでいたすべてを手に入れたと思っていた。
…そんな、ある日のこと。
「あら、こんな時間に誰かしら?」
深夜0時。突然、マンションのインターホンが鳴ったのだ。
「はい、どちら様でしょう?」
杏奈がモニターのスイッチを押して応答したが、画面を見た途端、急に怪訝な表情を浮かべた。何事かと思った僕はソファから立ち上がり、モニターを覗き込む。
「えっ…!?」
自分の目を疑った。モニターの向こうには、真っ白なウェディングドレスに身を包んだ女性が立っていたのだ。
「先生?今の女は、いったい誰なの…?」
インターホンからは、女の震えるような声が響いている。
「この女、伊集院美麗だ…」
「えっ?ちょっと、どういうことなの?」
不安な顔を浮かべる杏奈に目配せし、画面をオフにしようとした瞬間。バン!と大きな音が響いた。なんと彼女が、インターホンに頭をぶつけ始めたのだ。
初めて接見室で会ったときと同じように頭を打ち付ける彼女を見て、僕はゾッとしてしまった。
「ねぇ、痛いよ…。でもこうすれば先生、助けてくれるでしょ?早く出てきて!」
「なに?なんなの、これ…」
立ちすくむ杏奈の肩に手を置くと、僕は上着を羽織ってエントランスへと降りていく。オートロックの扉の向こうに、純白のドレスを着た美麗が立っていた。
「どうして私は、いつも男に裏切られてばかりなのかな。…でも先生は、違うよね?」
思わず一歩を踏み出すと、なぜかドアが音もなく開いた。美麗は微笑み、一歩、また一歩と、僕のほうへ歩いてくる。
「だって先生は、幽閉された私を連れ出してくれた王子様だもん。王子様は、お姫様と結婚して仲良く暮らしました。めでたし、めでたし…。なんだよ?」
彼女の右手には、カッターナイフが握られていた。
「さぁ…。お話の続きを、しようよ」
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この記事へのコメント
そっちのほうが怖い
会った男性にいちいちカッター持って迫ってたら怪我人だらけになるって。それこそ怖い女の噂になるよ。