小さな違和感
私たちは、食事を終えたあと、タクシーで将暉が住んでいる池尻大橋の1LDKのマンションに向かった。部屋で、今日の余韻に浸っていたとき、彼が尋ねてきた。
「春乃は、結婚式はどこで挙げたい?」
「えーっと、どこがいいんだろう…」
私は返答に困った。前回の結婚が破談になって以来、どこで挙式するか、なんて考えたことがなかったからだ。
私の表情から察したのだろう。将暉が、心配そうに私の顔をのぞきこんで言う。
「嫌なこと思い出させちゃったかな?ごめんね。俺、春乃のドレス姿見るのが楽しみで、つい先走っちゃった。2人でゆっくり考えよう!」
将暉の優しい言葉に、私は安心する。
「じゃあ、新婚旅行はどこに行きたい?」
「そうねぇ、スイスかイタリア、フランスもいいけど…。このご時世じゃ国内だよね…」
「そうだな…。これも、ゆっくり考えればいいか。あと、家はどうしよう?とりあえずは、今俺が住んでいるこのマンションでいいかな?
できれば早いうちに引っ越してきちゃったら?そのほうが式の準備とかしやすそうだし…」
もうすぐ将暉と一緒に過ごす生活が始まるのだと考えるだけで、思わず顔がニヤける。
その時…、テーブルの上に置いてあった将暉のスマホが震えた。メッセージを見た将暉が、急に慌てはじめた。
「大丈夫?何かあったの?」
「母さんが今日のこと心配しててさ。ちょっと電話してきてもいいかな?」
― えっ、お母さん!?今日のことって、まさかプロポーズすること事前に伝えてたの…?
私は内心ドン引きしたものの、笑顔を崩さずに言った。
「もちろん!」
「ごめんね、すぐに戻るから」
ベッドルームに消えていった将暉の後ろ姿を見ながら、私は思い返していた。彼の口から、事あるごとに“母親”というワードが発せられていたことを。
付き合って初めての旅行で訪れた京都や、今日行ったレストランでさえ「母さんが好きなところだ」と言っていた。
― これって、俗に言うマザコンってやつ…?
付き合っているときは、そこまで気にならなかったが、結婚となると急に親子関係が気になるというのも不思議なものだ。
とはいっても、将暉は完璧な人だし、多少マザコンというくらいで彼と別れるつもりは微塵もない。
それに、既婚者の友人が「結婚なんて相手の嫌なところに多少は目をつぶらないとできない」、「片目どころか、両目つぶってするくらいがちょうどいい」などと言っていたことを思い出す。
― そもそも、これくらいお母さん思いで、優しい人が結婚相手には向いているのよ…!
家族になるって考えたら、むしろお母さんに優しいってポイント高い、私はそう思うことにした。
「ごめん、お待たせ」
将暉は申し訳なさそうに戻ってきて、私の隣に座った。
「ううん、大丈夫だった?」
「母さんがさ、めちゃくちゃ喜んでて、すぐに春乃に会いたいんだって!お正月明けにどうかな?レストランを予約するって張り切ってるよ」
プロポーズのことを報告していたことに衝撃を覚えたものの、私は笑顔で答えた。
「もちろん大丈夫だよ!私もお母さまに早くお会いしたいな…!」
私の返事を聞いて、さっそく母親にLINEする将暉。私は、そんな彼の姿を、複雑な気持ちで眺めていた……。
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この記事へのコメント
将暉さん日頃から母さんが母さんが…言ってた位だから、かなりど級のマザコンなんじゃないかな?