茉莉花さんが“特別”な理由。それは、彼女が超・ド級のお嬢様で、おかねもちだから。
誰もが知っている大企業の創業家に生まれ育ち、家は千代田区の豪邸。幼稚園からエスカレーターで白百合、大学は上智。この会社の社長も、お父様と経営者仲間だっていう噂。
埼玉の、ごく普通のサラリーマン家庭出身で、辛うじて奨学金ナシで法政大学を卒業した私とは、バックグラウンドからして全然違うのだ。
「日菜ちゃん?」
月とすっぽんのような落差に気が遠くなりそうな私を、茉莉花さんが心配そうに覗き込む。その口もとに寄せた指先が、美しいネイルアートで宝石のようにきらきらと光った。
いつだって輝いている茉莉花さんは、爪の先まで常に完璧。
「茉莉花さんって、いつもネイルすごく綺麗ですよね。どこのサロンに行ってるんですか?」
ほとんど無意識のうちに、そう尋ねていた。
プライベートに踏み込んでしまって、気を悪くしたかも?と一瞬心配になったけれど、彼女の反応は全然違った。パアッと大輪の百合が咲いたような笑顔を見せて「嬉しい〜」と喜んでくれたのだ。
― あぁ、茉莉花さん…。笑顔も美人すぎません?
お嬢様の美貌を目の当たりにして惚けるしかない私に、彼女は嬉しそうに続ける。
「いつもお友達のサロンでやってもらってるの。よかったら日菜ちゃん、週末一緒に行かない?とってもセンスいいのよ」
音楽みたいに心地よく響く茉莉花さんのお誘いに、思わず「ぜひ!」と言ってしまいそうになる。けれど、ギリギリのところで私は踏みとどまった。
少しでも茉莉花さんみたいになれたら嬉しいけど、超お嬢様の茉莉花さんが通う、超お嬢様友達のネイルサロンなんて。もしかしたら、めちゃくちゃお値段が高いのでは…?
急に心配になった私は、どうにか愛想笑いを浮かべる。そんな私の様子にまったく気づいていない茉莉花さんは、上機嫌でiPhoneの画面を私に差し出した。
表示された恵比寿のプライベートネイルサロンのInstagramは、わかりやすい料金表が表示されている。意外にも良心的なお値段で、シンプルなフレンチネイルなら1万円くらいで済みそうだった。
「わぁ、かわいい…!お値段もそこまでじゃないんですね!」
思わず本音が出てしまった私に、彼女はにっこりと頷く。
「そうなの。あ、でも…。私はいつも“お友達価格”なんだけどね」
お友達価格。なら、これ以上安くなる?もしかして茉莉花さんと一緒に行ったら、私もお友達価格にしてもらえるかも…?
でも…と言い淀んでいたのは、私にはお友達価格が適用されない可能性があるからかもしれない。それだって、定価で1万円くらいなら私だって出せる値段だ。
こうなってみれば、せっかくのお誘いを断る理由は何ひとつ見つからない。
― お得なお値段で、茉莉花さんに一歩近づけちゃうなんて!
“お友達価格”の響きにほんのちょっぴりヨコシマな考えを抱きつつ、私は「ぜひぜひご一緒させてください♡」と前のめりに答えたのだった。
迎えた約束の土曜日。サロンのある恵比寿の住宅街に、茉莉花さんは約束の時間きっかり5分前に現れた。
「日菜ちゃん〜。ごめんね、お待たせしちゃって」
タクシーの中で支払いを済ませながら、開いた窓越しにそう謝る茉莉花さん。遅れていないのに後から到着しただけで謝るところは、さすがの育ちの良さという感じだ。
「いえいえ!全然待ってないです!」
笑顔を浮かべながらそう返した私は、タクシーから降りてくる彼女を見て、思わず目を丸くする。
「茉莉花さん、それ…」
ブラックのシャツワンピに、エルメスのボリードという気品あるファッションに身を包んだ茉莉花さんは、予想外のものを持って現れたのだ。
この記事へのコメント
また秘書か、とかまた上智かとは思いましたが。
1話完結?来週も楽しみ。
例えば知り合いのレストランへ、あまりに高級なお菓子などを持っていくと、その分サービスしてねみたいに勘違いされたり、逆に気を遣って高いワインを出してくださったりの可能性もあるので、過度に高価にならすぎないよう気をつけてしまいますが…