萌と雅紀の出会いは、食事会だった。
そこで趣味を聞かれた際、萌はとっさに「料理」と答えてしまったのだ。その後、彼と付き合い始めてすぐ「手料理が食べたい」とリクエストされるようになった。
しかし実際は得意料理などなく、母親の手伝いさえしたことがないという状況。なので、こっそりデパ地下でお惣菜を調達し、それを容器に詰め替えて持っていくようになったのだ。
最初こそバレなかったが、あるとき「俺の家のキッチンを使っていいから、出来立てのカルボナーラが食べたい」と雅紀に言われてしまった。
…そうして料理の腕前が露呈してしまったのである。
萌が作ったカルボナーラは、火が通りすぎて卵がボソボソ。濃厚でクリーミーなパスタにはほど遠い出来だった。
「萌、今まで作ってきてくれた料理は何だったの?」
「ごめん、実はあんまり料理したことなくて…。でも私、これからがんばるから。ね?」
それからは母親に教えてもらいながら、一生懸命料理を覚えようとしたし、レシピ本も3冊くらい買ってそれを見ながら作ったりもした。
しかし努力したからといって、すぐには上達できない。いつからか、雅紀の顔色をうかがいながら料理をすることが多くなっていた。
未だに頭の中でこだましている、彼の最後の言葉。
「料理の腕は全然上がらないし、そもそも『趣味が料理』って嘘つく女が無理」
その別れ際の一言がきっかけで、萌は料理教室に行く決心をしたのだ。
◆
そんな萌が通い始めた料理教室は、表参道のフラワーショップ近くにある。
生徒は20代から40代の女性がほとんど。初心者コースはグループレッスンで、数人の生徒がいると聞いていた。
そして迎えた、初めてのレッスン日。
仕事が長引いてしまいギリギリに到着すると、すでに5人ほどの生徒が集まって談笑していた。
その中に一人、40代とおぼしき男性がいるのが見える。180cmはありそうなスラッとしたスタイルに、おしゃれな口ひげと刈り上げたヘアが似合っていた。
腕まくりをした白いリネンシャツの袖からは、引き締まった前腕が見えている。
― 独特な雰囲気を纏った人だなあ。
それが朝日和馬の第一印象だった。
「初めまして、よろしくお願いします!」
萌はレッスン台にいた生徒たちに、恐る恐る話しかけてみる。すると振り返り、気さくに挨拶を返してくれたが、すでに顔見知りの生徒同士でまた雑談し始めてしまった。
― 輪に入りづらいなあ。
萌がそんなことを考えていたとき。朝日が気を使って、声をかけてきてくれたのだ。
「こんばんは!今日が初めてなんですか?」
「はい、そうなんです。なので少し緊張していて…」
「大丈夫ですよ。このクラスはみんな良い人たちばかりだから。僕も半年通ってるけど、楽しく学べてますよ」
朝日の爽やかな笑顔に、緊張がほどけていくのを感じた萌は、唐突に気になっていたことを尋ねてみた。
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全くできないのに嘘つくから…