「あの…。男性が料理教室に通われるなんて、珍しいですよね」
「ハハ、そうかもね。でもイマドキは、一人暮らしの男も料理を作れるようにならなきゃいけないと思ってさ」
なんだかモテそうな雰囲気なのに、朝日が独身で自炊しているなんて意外だった。彼は代々木上原に住んでおり、普段は表参道にある会社を経営しているという。
そんな話をしていたところで、ようやくレッスンがスタートした。しかも今日は、彼氏と別れるキッカケとなった例のメニュー・カルボナーラを作るらしい。
イチから丁寧に教えてもらうが、やっぱり火加減は難しい。火が強いとソースが固まりすぎ、反対に弱すぎると卵が生煮えになってしまうのだ。
コースの足並みを乱していることに気づき、フライパンを握る萌の左手に力が入る。…結局、その日出来上がったカルボナーラはソースがシャバシャバしていた。
「そういえば萌ちゃんは、どうして料理教室に通おうと思ったの?」
片づけを終えた萌が、落ち込みながらカルボナーラを食べていたそのとき。朝日が何気なくといった様子で尋ねてきた。瞬間、雅紀の“最後の言葉”が脳裏をよぎる。
「料理の腕は全然上がらないし、そもそも『趣味が料理』って嘘つく女が無理」
そのフレーズを思い出すと、萌は心臓がギュっと押しつぶされたような感覚になる。
「やっぱり結婚とか将来のこと考えると料理くらいできないと、と思いまして。まあ、結婚したいと思える相手は、いないんですけどね」
うつむいて、自嘲気味に答えた。
「やっぱり男性は、料理が上手い人とじゃないと結婚したいって思わないですよね?」
「…そんなことないよ」
その言葉に萌は、パスタをフォークに巻き付けていた手が止まる。
「好きな人が一生懸命作ってくれた料理だったら、下手でも嬉しいよ。相手のためを思って作ったものならね。…まあ僕みたいなおじさんが言うことだから、あまり参考にならないかもだけど」
少し照れくさそうにまくしたてる朝日の瞳は、物憂げに見えた。
「朝日さんの価値観、素敵ですね。…もっと聞きたいと思っちゃいました。どんな恋愛してきたんだろうって」
「こんなおじさんのアドバイスでよければ、いつでも。また来週もこうして、一緒にご飯食べることになるだろうし」
萌は、雅紀と別れて心にポッカリと空いていた穴が、少しだけ満たされていくような感覚をおぼえる。
そして朝日に“あること”を相談してみたい、という気持ちになってきたのだった…。
▶他にも:「一晩中、彼はなぜかベッドに入ってこなくて…」翌朝のリビングで、女が見てしまった光景
▶NEXT:5月25日 火曜更新予定
雅紀と別れたばかりの萌が、相談したいこととは…?
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全くできないのに嘘つくから…