
ヤドカリ女子:仕事も男も手玉に取る28歳女。彼女が決して自宅に帰らない理由とは
『3125』と書かれたプレートを見つけ、ベルを押す。少しの間を置き、ドアが開いた。
「工藤さん、こんばん…」
言い終わる前に、たくましい腕に抱き寄せられる。
「あんな、お疲れ様」
180cmを優に超える長身から額に落とされるキスがくすぐったくて、あんなは身をよじる。工藤は華奢な体に回す腕の力を緩め、髪を撫でてきた。
「こんな時間まで大変だったね。ご飯は?」
「食べてないの。もう今日はいいかなって」
「だめだよ、体は資本。たくさん働いたら、ちゃんと食べないと」
ようやく身を離した彼は、サイドテーブルの引き出しからメニュー表を取り出した。
「ナイトメニューなら今の時間も持ってきてくれるから、よかったら頼んで」
「いいの?」
「あんなのためなら」
彫の深い端正な顔に優しく見つめられ、あんなは小さく笑った。
モデルの経験もある優れた容姿で、年収2,000万の外資系コンサル。34歳で独身の工藤は、誰もが羨み付き合いたいと願うだろう。
「じゃあ頼もうかな。その間にお風呂入ってきてもいい?」
上着の袖を抜きながら言うと、すぐに彼はあんなの後ろに回った。そしてコートを脱がしながら、首筋に唇を寄せる。
「もちろん。スマホは充電しておく?」
「ありがとう、全然充電ないの。…あ、白ワインも飲みたいな」
仰せのままに、と恭しく言う工藤は、悪戯っぽく口角を上げた。
◆
「そうだ」
「ん?」
あんなはクラブハウスサンドをかじりながら、工藤に目を向けた。白ワインのグラスを手にした彼が、ベッドサイドテーブルを指す。
「お風呂入ってる間、スマホ鳴ってたよ」
「そう?」
「うん、何回も」
「へえ」
工藤は諦めたように苦笑し、あんなの左手に手のひらを重ねた。
「まあいいや。来週の金曜も会おうよ」
あんなは咀嚼を止め、顔を上げた。ワインを一口飲んでから「あのね」と言葉にため息を混ぜる。
「工藤さんといつ会うかは、私が決めるの」
言いながら、左手に絡められた彼の指をほどく。
「私が会いたいときに会う。そういう約束でしょ?」
「そうだね、失礼しました」
怒らないで、と工藤は肩をすくめた。あんなは立ち上がり、充電ケーブルがささったスマホを手に取る。LINEが5件。
「…男?」
いつのまにか背後に立っていた彼が、後ろから抱きしめてきた。
「気になる?」
そう言ってあんなは、くすりと笑う。
「いい加減、俺だけのものになってほしいんだけどな」
耳元の囁きが、心地よく自尊心を満たしていく。
LINEはもちろん、男からだ。あんなを求めて止まない医師と、IT企業の経営者。誰もが羨むハイスペックな男に求められている。
何着もの服とメイクセット、スキンケア用品が入ったボストンバッグを抱え、あんなは毎晩違う男のもとに帰る。
『完璧な自分』でいるための、大切な大切なルーティンだからだ。
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