2020.09.19
SPECIAL TALK Vol.72世の中を明るくするため、身近なところから楽しくする
金丸:ところで、国内の書道人口はどうなんですか?
中塚:これまでも減少傾向でしたが、新型コロナの影響で、今は危機的な状況にあります。特に道具屋さんが大変で、私がいつも買っていた紙屋さんも潰れたそうです。以前から、墨職人さんであふれていたエリアが1社を残して廃業なんてこともあり、書道具が簡易化すればするほど、職人さんたちの出番が減ってしまうというジレンマもあります。
金丸:いちいち墨を磨るよりも、墨汁を使ったほうが簡単ですからね。
中塚:墨汁は便利だし、性能もよくなっているので、個人的には墨も墨汁もそれぞれの良さを推薦していきたいです。
金丸:それに始めたいと思っても、入り口で「これもこれも揃えなきゃダメ」では、ハードルが高くなってしまいます。
中塚:そうですね。でも、硯ひとつでも墨の色は変わりますから、もっとこだわりたいという人は、いくらでもこだわることができる。そういう面白さを伝えていかなきゃいけないと思っています。
金丸:一方で、海外で書道を広めるという道もありますよね。デジタル社会が進めば進むほど、アナログの希少性は増します。書道はその最たるものだと思うんですよ。
中塚:おっしゃるように、どんなプレゼンテーションをするか次第で、海外に受け入れられる可能性は十分あると思います。まず海外の方は、日本人とは興味を持つ視点がまったく違います。数年前、フランスで書のインスタレーションをしたときの話なんですが、10メートルくらいの紙を会場全体に上から吊るしたところ、日本から巻いて持っていったせいでくるくると曲がっていました。慌ててスタッフと一緒に紙をまっすぐに戻そうとしていたら、そこを通り過ぎたフランス人が、「こんな紙、どこで買えるの。なんて素敵なカーブなの」と。
金丸:あえて曲がった紙を使った、と思ったんですね。
中塚:私たちは一生懸命伸ばそうとしていたのに、「あ、そこなんだ」って(笑)。「なんとか直さなきゃ」と必死になるよりも、起きてしまったことを受け止め、よりよく見せることもできるんだな、と気づかされました。
金丸:海外に書を広めると同時に、中塚さん自身もいろいろな刺激を受けていらっしゃるんですね。
中塚:本当にそうですね。今思うと「若い頃は近道をしようとしていたな」と恥ずかしくなることもありましたが、目先の仕事に繋がることよりも、とにかく肌で感じることを大切にしようと、国内外の興味ある土地をあちこち訪ね歩きました。そこで得たものは、今の私に彩を加えてくれています。
金丸:書のように長い歴史があると、「なぜやらないといけないんだろう」と非効率に思えることや、無駄に思えることがいろいろあるのでは?
中塚:それが若いときは「無駄だなあ」と思っていたことでも、今になって「やっぱり必要なことだったな」と感じることが多いですよ。だから無駄となる経験はひとつもなくて、必ず何かの役に立つと考えるようになりました。それに、長い書の歴史は、私にとって„立ち返る場所“なんです。学べば学ぶほど、まだまだ学び足りないと感じるし、墨以外の色を使ってみたり立体にしてみたりと、いろいろな挑戦をしていますが、やはり立ち返る場所があることは、幸せなことだなと。
金丸:なるほど。近道を探すのではなく、地道に積み上げていくことで生まれるものがあるということですね。
中塚:はい。自分が見たいと思う景色を大切に重ねていくことが、未来の美しい空間を描くことにつながるんだと思います。
金丸:ところで、最近、インスタグラムを始められたそうですね。
中塚:以前からゆるゆるとしておりましたが、コロナを機にいろいろ考えも変化しました。家族や友人を思う気持ちがより強くなりましたし、みんなが幸せでいるためには、まず自分が笑っていないといけないなと感じます。それが作品づくりにも影響していて、SNSはあまり得意じゃなかったんですが、今はその日思ったことを毎日書にしたため、発信しています。
金丸:始めたことで何か変わりましたか?
中塚:自分には合わないと思っていたのですが、「私だったら、こういうペースかな」と手探りしていくうちに、見えてくるものがありますね。琴線に触れるうれしいことや楽しいことを見つめることで、まずは身近な友人たちとの時間をもっともっと楽しくしていけるんじゃないかな、と。それがいずれ、世の中を明るくすることにつながればいいなと思っています。
金丸:素晴らしい挑戦です。私自身、ついつい効率を追求してしまいがちなのですが、中塚さんのお話を伺っていると、人生の豊かさとは何かについて改めて考えさせられました。中塚さんの活躍によって、書というアートがますます身近なものになればいいですね。今日はお忙しいなか、本当にありがとうございました。
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