2020.09.19
SPECIAL TALK Vol.72筆の弾力に楽しさを感じた。それがすべての始まりだった
金丸:早速ですが、ご出身はどちらですか?
中塚:岡山県の倉敷市です。
金丸:瀬戸内海に面した街ですね。
中塚:私の「翠涛」という雅号は師匠につけていただいたのですが、穏やかな瀬戸内の波が由来です。
金丸:ご両親は書と関係のあるお仕事を?
中塚:両親とも書とは全く無縁です。
金丸:では、書の世界に入るきっかけは何だったのですか?
中塚:兄が通っていた町の書道教室ですね。
金丸:お兄様と一緒に中塚さんも通われたのですか?
中塚:いえ、ちょっと年が離れているので、一緒に通うのではなくお迎えについて行っただけなんですが、先生が幼い私にとても優しく接してくれました。はじめて筆遊びをして褒めてもらい、花まるをいただいた記憶は鮮明に残っています。あこがれると同時に書道は楽しいものだと感じました。
金丸:優しい先生に出会えてよかったですね。
中塚:ただ、実際に私が書を習ったのは別の教室で、そこの先生は厳しい方だったんです。
金丸:それでよく嫌いにならずに。
中塚:あとから考えれば、その厳しさも必要なものでした。その先生に基礎を叩き込んでもらったことが、今につながっています。それにその厳しさすらも、私はずっと楽しいと感じていました。
金丸:楽しい?それは上達するのが、ですか?
中塚:そもそも、私が最初に感じた書の楽しさというのは、筆の弾力でした。いま、たまたま書を生業としていますが、最初に筆を持ったときから、その弾力が楽しいという感覚は変わらず、技術だけでなく筆の息遣いひとつで一本の線が変わる喜びを実感できたからです。
金丸:ほかの筆記具にはない、あの弾力が中塚さんの原点なんですね。私も楽しさを感じるような出合い方をしていれば、違う未来があったかもしれません。
中塚:金丸さんも書道教室に通われていたのですか?
金丸:幼稚園のときにお寺で書道を習っていたのですが、ものすごく怒られる出来事がありまして……。もちろん悪意はなかったのですが、それ以来、書道には苦手意識がありますね(笑)。一方で、中塚さんは厳しい先生のもとでも、楽しさを感じていたからずっと続けられた。私とは対照的です。
中塚:楽しかったし、続けることが自信につながりました。ピアノなどほかにも習い事はしていたんですが、唯一続けられたのが書道でした。ただ、祖父は「書道なんて役に立たないからやめさせなさい」といつも母に言っていましたね(笑)。視野の広い祖父は英会話を推薦し、言葉をもたない書が世界に通じると感じていなかったからですね。
金丸:でも役に立たないどころか仕事にしてしまったんですから、わからないものですね。
大学で書を学ぶ決心が、人と違う人生を決定づける
金丸:私は子どもを芸術家にしようと思っていなくても、情操教育の一環として、いろいろなアートに触れる機会を作るのは、親の大事な役割だと思います。中塚さんは子どもの頃から、アートによく親しんでいらしたのですか?
中塚:母は絵画や美術が好きだったので、よく美術館に連れていってもらいました。
金丸:それは素晴らしい。
中塚:倉敷にある大原美術館には、世界の名画が多数展示してあります。私は今でも字と絵をあまり区別しないのですが、子どもの頃から絵に触れる機会が多かったことは何かしら影響しているのかもしれません。大人になってからも海外を旅行するときは、まず美術館ありきですね。「子どものときに見た、あのアーティストの絵だ」となれば、年代によってこんなにも作品があるのかと、もっと知りたくなり、出合いたくなり、必ず美術館を訪れています。
金丸:やっぱり幼いときの環境って大きいですね。私の周りは自然が豊かで、昆虫とかカエルとかはたくさんいたんですけど(笑)。
中塚:そのアーティストが生まれた地で作品を見ると、また違う感覚がありますよね。「こういう空だからこそ、あの絵が生まれたんだ」と改めて納得できるというか。空気を実際に肌で感じることの大切さを感じました。
金丸:ところで、中塚さんは子どもの頃から書家になろうと思っていたのですか?
中塚:いえ、まったく。高校は一応進学校だったので、私も含め、周りの誰もが書の道に進むとは思っていませんでした。
金丸:では、転機はいつ?
中塚:受験ギリギリの時期に、担任の先生から想定外の提案をされたんです。「大東文化大学だったら書を学べる」と。
金丸:その先生はお手柄ですね!書道学科のようなものがあるんですか?
中塚:書道学科ができたのは私が入学したあとで、当時は中国文学科でした。でも、書は中国文学と切っても切り離せません。留学生もたくさんいましたし。
金丸:ご両親は進学についてどんな反応でしたか?
中塚:すごく反対されました。「大学で書を学んでどうするんだ」と。
金丸:だけど、その道を選ぶことになったのも、ご両親の教育の賜物じゃないですか(笑)。ちなみに、担任の先生から提案されるまで、将来は何をやりたいというイメージはありましたか?
中塚:何かものを作ることに携わりたいな、とぼんやり考えてはいましたが、将来の設計図のようなものは何もなかったです。当時は怖いもの知らずというか、とにかく自分が一番だと信じていました。今やっていることがとにかく楽しくて。
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