新たな出会い
「あ、ここも知らないぞ」
透は、今日何度目になるかわからない驚きの声を上げながら、ペットボトルの水で喉を潤す。
夏真っ盛りの“災害級”とまで言われた暑さもさすがにピークを過ぎたように感じるが、それでもまだまだ外出時には冷たい飲み物が必需品だ。
「へー。こんなところに店があったのか。今度入ってみようかな」
そんなことを呟きながら、透は目の前に現れた未知の建物を見上げた。
最近、こうして外に出ては自宅近くを探索している。
透が住んでいるのは、天王洲アイルだ。そもそもこのエリアを選んだのは、洗練された静かな街並みと、海が見える開放感に惹かれたからだった。
だが仕事に忙殺されていた透は、最寄り駅と自宅マンションを行き来し、決まりきったジョギングコースを走る程度で、近所とはいえのんびり景色を眺めるどころではなかったのだ。
しかしこの春からは、リモートワークを基本とする勤務形態に変わった。最初は部屋に篭って過ごすことが多かったが、リモートワークにも慣れてくると、近所を開拓したいという好奇心が湧いてくる。
実際に外に出て少し足をのばしてみると、この街は新しい発見ばかりだ。それに、“新たな出会い”も…。
−お、今日もいる。
仕事をしようとやってきたカフェで、透はぴたりと足を止めた。
飲み物と軽食をオーダーした透は、テーブルに座った。斜め向かいには、”彼女”が座っている。
横に座っては視線に気づかれる可能性がある。かと言って、背を向けては意味がない。そういった諸々の条件を考えると、このポジションがベストなのだ。
彼女は、今日はタブレットを眺めている。この間は、何やら外国語で書かれた本を読んでいたが、フランス語だろうか。
知的で、可憐さと瀟洒さを併せ持った彼女は、透がこれまで会ってきた女性とは何かが違った。
白い肌に大きな瞳、スッと通った鼻筋。顔だけ見れば、冷たい印象を与えるような美人だ。だが、小柄で華奢だからか、可愛らしさも感じさせる。
さらに、シンプルだが上品な装いと佇まいが、一朝一夕には身につかない品を感じさせるのだ。
そう。透が外で積極的に仕事をするようになった理由は、彼女だった。
まだ名前も知らないが、気になる人。リモートワークを始め、カフェに来るようになってから彼女の存在を知った。どういうわけか、初めて見た時から気になって仕方ない。
その人に会えるのがこのカフェであり、彼女がいる日中にここに来るのは、今の働き方ゆえできることなのだった。
とはいえ、何か行動を起こすつもりは毛頭ない。
ナンパのようなことをしても軽くあしらわれるだけだろうだし、今でこそ彼女はいないが、正直女性には困っていない。
だから仕事の合間にたまに彼女を見るだけで、それ以上の何かを欲していたわけではなかった。
だがある日、転機が訪れるのだ。
この記事へのコメント
タイムリーな話ですごくびっくりしました!!
こちらの二人も私も、うまく行けばいいなぁ☺️