2020.08.08
ヒマジョ Vol.1「はぁ」と深く呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
家庭がある既婚男性に、電話をかけるなんて、いくら同僚でもルール違反だ。わかっているのに、暇で寂しくて、ついかけてしまったことを悔いた。
「本当に、もう会えないの...?」
わずかな希望を胸に、勇気を出して聞いてみる。
私たちは一線を越えていないとはいえ、お互いに特別な感情を抱いていたのは明白だった。
その証拠に、自粛期間が始まる前は、彼とほとんどの時間を一緒に過ごしていたのは、家族ではなく私だ。
しかし優斗は、そんな過去はまるで記憶から抜け落ちているかのように、あっさりとこう言ったのだ。
「家族が大事だからね。無駄な外出も控えたいし、そばにいてくれる人を大事にしなきゃって…本当ごめん」
優斗の話を聞いている途中から、手がビリビリと震えた。
家にいる時間が増えたことで、とにかく暇になった私とは、全く違う。彼は、1日の大半を自宅で過ごすことを余儀なくされた結果、ふたたび家族と向き合うことを決めたのだ。
そうなると、私は彼にとって“必要ない人間”だと言われたかのようだ。
「…そうだよね、わかった」
物分かりがいい女を演じて電話を切った。
仕事と恋愛を切り離して考えられるタイプの人間はいいけれど、私は違う。恋愛でショックなことがあると、仕事にも影響を及ぼす。
案の定、その後は普段はしないようなミスを連発した。何をするにも心ここにあらずで、集中力も続くはずなどなく、定時ぴったりにPCを閉じる。
心は暗いのに、外はまだ明るい。
シャワーでも浴びようかとクローゼットへ向かうと、買ってから一度も着ていないナイキのランニングウエアが目に入った。
そっと手に取って、顔に押し当てる。これは、優斗と行った御殿場のアウトレットで買ったものだ。
中学時代は陸上部だったのに、最近は運動不足だと話したことを思い出す。
周りのみんなが買っていたから、真似したApple Watchもただの時計になってしまっている。
ーよし、走ろう。
そう思い立ってから、行動は早かった。髪をまとめ、ウエアに着替えて、さっぱりとした香りの香水を纏う。
気温はまだ高かったが、外へ出るというだけで清々しい気持ちになった。
自宅がある田町から、東京タワーを目指し、芝公園へ向かう。赤羽橋を通り、六本木まで来ると一気に都会感に包まれる。
呼吸を落ち着かせるため、けやき坂を歩いていると、大学時代にサークルが同じだった友人に遭遇した。
「美緒!」
「え!アユミじゃん。久しぶり〜!」
大学時代から美緒はかなり目立っていたが、今でもそれは変わらず、艶感のあるロングヘアが彼女の美しさを引き立てていた。
「相変わらず綺麗にしてるね」
「綺麗にしてるんじゃなくて、綺麗って言ってよねっ」
そう言って笑った美緒は、どことなく元気がない気がする。
彼女もすぐには帰ろうとしない。そんな中、誘ったのは私の方だった。
「…どこかカフェでも入る?」
ランニングウェアだったので、テラス席のあるカフェを探す。
普段なら聞き役に徹するのに、口を開くと自然と優斗のことが溢れ出す。
話し終わった後、美緒は私の肩を痛いくらい叩きながら言った。
「でもさ、よかったじゃん。もっと泥沼の子、何人も見てる。アユミは頭もいいし良い子なんだから、わざわざ危ない橋渡ることないって」
「そうだよね...」
「それに、奥さんの気持ちも考えてみて。自分に置き換えたら結構エグくない?」
「うん。本当その通り。始まらなくて良かった」
美緒と別れてから、また家までの道のりを走って帰った。麻布十番を通ると、仲が良さそうな夫婦や、ベビーカーを押した女の人が目に入る。
その人たちから、なぜか顔を背けている自分がいた。
優斗に対する気持ちは、人から非難されるようなものではなく、純粋な恋心。そんなふうに言い聞かせていた。ただ、出会うのが遅かっただけだ、と。
でも、そんなことはなかった。
優斗にとって、本当に大事なものは私ではない。奥さんであり、彼の家族なのだ。
東京タワーが濃いオレンジ色に輝いていて、そんなのいつも見ているはずなのに、今日はなぜか泣きそうになった。
走っていると、体の中の嫌なものが吐く息と共に出て行き、希望を吸っている気がする。
ーこれから、暇な時間は走ることに決めた。
信号が黄色になって赤で止まって、青に変わった時にはもう、心のモヤモヤは消え去っていた。
▶他にも:「まさか夫が…?」寝室に籠城する妻が感じ取った、エリート夫の異変
▶Next:8月15日 土曜更新予定
次週のヒマジョは、アユミの友人・美緒。六本木のレジデンスに住む、港区女子の悲劇とは…!
“始まらなくて良かった”って言うけど、よく言われる「どこからが浮気?」って話になると「致してしまったら」「気持ちが動いたら」「二人で出かけたら」等、人それぞれなので、“奥さん的にはエグい”けど、バレた時の慰謝料的には“一線を越えなくて”良かったね?…多分💧
【ヒマジョ】の記事一覧
2021.01.04
Vol.15
2020年ヒット小説総集編:「ヒマジョ」(全話)
2020.10.31
Vol.14
「奥さんに怒られませんでした?」朝5時に帰宅した夫のLINEを見て、妻がとったヤバい行動
2020.10.30
Vol.13
2020年。生活が変わり、やるコトがなくなった女たちが辿り着いた先は…「ヒマジョ」全話総集編
2020.10.24
Vol.12
「ねえ、私デキちゃったかも」女が打ち明けた直後、交際1年半の男が放った最低な一言
2020.10.17
Vol.11
「なんか安っぽいよ」と男から言われた女。複数の男と楽しむ、26歳の美女に訪れた悲劇
2020.10.10
Vol.10
子どもが産まれたばかりで、どうして他の女と…?許せない夫の行為に、妻がやった事とは
2020.10.03
Vol.9
「こういうコト、やってみれば?」仕事を失った空港地上職の美女が、男に勧められて始めた事
2020.09.26
Vol.8
「旦那さんに愛してもらえないなら、この男性と会ってみたら…?」妻を誘惑する、友人からの悪魔の囁き
2020.09.19
Vol.7
「今ならやっても誰にもバレない…」男に愛想をつかされて、32歳の女が中毒的にハマったこと
2020.09.12
Vol.6
「私がこの仕事してなくても、愛してくれる?」外出自粛で抜け殻となった女に、男の答えは…
おすすめ記事
2019.04.17
男運ナシ子
男運ナシ子:「美人なのに、男運ゼロ…」。20代を残念男に捧げた32歳女が、最後の婚活に挑むワケ
- PR
2025.03.31
結婚1年目から、激務のせいでギスギス…。崩壊寸前のパワーカップルを救ったアイテムとは?
2016.08.06
新・東京婚活事情
新・東京婚活事情:商社マンの憂鬱。婚期を逃した男の、危険すぎる癒しとは……?
2020.03.06
フォロー・ミー!
社内恋愛を制すのは、“男のピンチを救える女“。29歳・崖っぷち女の戦略
- PR
2025.03.31
えっ、あの“ミャクミャク”の部屋に泊まれる!?どっぷり万博に浸れる、いまだけのホテルステイとは…
2019.01.08
ようこそ、ルミ子の部屋へ
“職業=美人”が許されるのは、27歳まで?自分の価値を見誤った女が受けた辛すぎる制裁とは
2018.01.27
新婚クライシス
「部屋に行ってもいいですか?」孤独に苛まれた別居夫婦を襲う、家庭外の甘い誘惑
2017.10.26
エリート亮介の嫁探し
「私、こう見えて“意外と”安いお店でも大丈夫なんです」アピールは、エリート男にどう思われる?
2017.09.04
丸の内のプーさん
いよいよ明日で最終話!「丸の内のプーさん」全話総集編
2021.06.09
Uターン女には理由があって
Uターン女には理由があって:職も彼氏もなくした35歳女は、ポストに届いた“あるモノ”に絶望し…
東京カレンダーショッピング
ロングヒット記事
2025.03.19
運命なんて、今さら
初めて彼のマンションを訪れた28歳女。しかし、滞在10分で、突然「帰りたい」と思った理由
2025.03.22
男と女の答えあわせ【Q】
「豊洲に住んでいる」と33歳男が言った途端に、デート相手の女が戸惑ったワケ
2025.03.23
男と女の答えあわせ【A】
「年収800万くらいでもいいかな…」相手に求める条件を妥協したつもりの30歳女の大誤算
2025.03.17
1LDKの彼方
「何もないって言われたけど…」彼氏が他の女と連絡を取っていたことが発覚。30歳女は思わず…
2025.03.20
TOUGH COOKIES
「幸せそうな彼女がなぜ?」SNSで悪質コメントの犯人を突き止めたら、意外な人で…
この記事へのコメント