
女神のオキテ:女だらけの世界は、天国か地獄か? 25歳の女が初日に言われた、衝撃の文句
4月で異動することが決定したものの、3月末までは、これまで通り近畿支社で営業としての業務を続ける。
彩乃は、ここではドラッグストア担当だった。毎日売り場を見に行き、店長に売り方や価格交渉の提案をするのがメインの仕事だ。
時には、スニーカーを履き、ひたすら段ボールを運んで、店頭に商品を陳列するという体力仕事もあった。
入社したての頃は、本当にこれが化粧品メーカーなのかと思ったくらい、裏方で地味な作業も多かったのだ。
そしてもう1点、ここは男性の多い職場だった。ベテランの営業社員となればなるほど、入社してこの道一筋という人が多く、そういう人はほぼ男性だ。
20代前半にして、自身の父親くらいの年齢の人と仕事をするというのも、入社前に想像していた化粧品メーカーのイメージとは違う。
しかしその結果として、営業職のチームは皆が一つの家族のようであった。それに何より、「女の世界」ならば付き物かもしれないが、ややこしい人間関係に悩まされるようなことは入社以来1度もなかったのである。
支社に出勤する最後の日は、彩乃の壮行会が行われた。
「辛くなったら、いつでも電話していいからな」と支社の先輩たちに励まされながらも、彩乃はこれから始まるであろう輝かしい毎日を想像し、期待に胸を膨らませるのだった。
◆
迎えた4月1日。
「おはようございます」
新しく配属されたチームで、彩乃は深々とお辞儀をしながら挨拶をする。ついにこの日がやってきたのだ。
顔をあげると、そこには支社では見かけたことがない、美しい女性陣がずらりと横に並んでいる。
同期からは直前に「商品開発部門のお姉さまたちには気をつけて」と言われていた。
ーこれが噂の…。
彩乃はごくりと唾を飲み込んだ。
全員が微笑を湛え、頭のてっぺんからつま先まで舐めるようにこちらを見たあとで、彩乃の顔を穴があくほど見つめている。
ーもしかして…メイク見られてるのかな。
不意に、同期から聞いたエピソードが頭をよぎり、不安に駆られる。
しかし、心配することはない。念のため今朝はかなり早起きして、スキンケアとメイクにたっぷりと時間をかけた。
第一印象は大事だからと、服装にも気合を入れたのだ。営業の頃に買ったものだが、持っているジャケットの中でも一番のお気に入りを着てきたし、満点とは言えないが、メイクもコーディネートも自分の中では合格だった。
すると、女性陣の中のひとりが、すっと前に出て、にこやかにこう言った。
「彩乃さんが新しく着任してくるから、どんな子が来るんだろうって、初日の顔合わせを楽しみにしていたのよ」
穏やかな口調に棘はなく、同期から聞いていたマイナスのイメージは微塵も感じさせない。
ガチガチに緊張していた彩乃は、ほっとすると同時に、噂に振り回されてひねくれた捉え方をしていた自分を少しだけ恥じた。
あらためて彼女を見ると、女性陣の中でも、彼女は特にスタイルが際立って目を引く美女だ。セオリーのブラックタイトワンピースを、見事なまでに着こなしている。
—綺麗な人。それに他の先輩も…。さすが本社の商品開発だ…。
そして彩乃も、まさに今日からこの中の一員として働くのだ。
1日でも早く、戦力になれるように必死で頑張ろう。そう心に誓い、背筋をピンと伸ばすのだった。
午前は業務の説明などを受けたりしているうちに、あっという間に過ぎていった。ところが彩乃が最初に違和感を抱いたのは、その日の午後のことだ。
時刻は14時。昼休みを終えて1時間も経っていないというのに、先ほどの美女が、信じられない言葉を放ったのである。
「さてと。今は特に仕事も立て込んでないし、今日はもうフレックス退社しちゃおうかな」
—えっ…?
他の先輩たちも頷きながら、こう言った。
「そうね。春の新作でも見に、お買い物に行っちゃおうかな。エストネーションで気になっているワンピがあるのよ」
そうして皆、バッグを掴むとバタバタとその場を去っていった。
取り残された彩乃は、呆然と立ち尽くす。
全社的に認められているフレックス勤務制度だが、営業職の頃は相手先の時間に合わせて動くため、体調不良以外ではほとんど使用したことがなかった。
—買い物のためにフレックスを使うの…?嘘でしょ!?
一瞬にしてがらんとしたオフィスで、まごついてしまう。すると最後に部屋を出て行こうとしたさっきの美女が、ぴたりと足を止めてこちらを振り返る。
そしてクスクスと笑いながら、こう言ったのだ。
「彩乃さんも、お洋服のショッピングに行かれた方がいいんじゃない?」
「え…!?」
「だって、そんな入社式みたいなジャケット、見てるこちらが息づまっちゃうわ」
彼女は急に真顔になって、ぴしゃりと告げた。
「…ここは営業じゃないのよ」
次の瞬間には、何事もなかったかのように元の笑顔になっていた。「じゃあね。」と言い残すと、颯爽と立ち去っていく。
—私、ここではダサいってこと…?
しょんぼりして肩を落とし、小さな声でつぶやいた。
「このジャケット、お気に入りだったのにな。ここの部署の雰囲気に合うよう、洋服揃えなきゃ…。あとちょっとダイエットも…。さっきの方、ほんとにスタイルよかったな…」
配属初日から受けた洗礼に衝撃を受け、彩乃は自分に問いかける。
美しい女だらけの世界。ここは、天国か、それとも地獄なのだろうか。
いずれにしても、この「The女社会」をサバイブするのみだ。夢をかけた闘いは、すでに始まっているのだから。
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富士山より高い?化粧品会社に勤める女たちの、あざとい自己プロデュース力
この記事へのコメント
随分余裕がある開発だなー。いくらフレックスだからって。お話にしても、ドリーム成分強すぎかな。
爽やか系の話がたまには読みたい。