2020.01.22
嘘 Vol.1その帰り道、お互いにフォローしあったインスタアカウントのフォロワーから“Sumile”を探し当てた時は、ちょっとした達成感にかられた。
しかしその直後、私は自分の行動を後悔することになる。
最新の投稿をタップすると、真っ白な歯を見せて笑う、底抜けに明るそうな美人がこちらを向いていたのだ。
こなれた感じでワンレンをかきあげた仕草が印象的で、圧倒的な存在感を放つ美女。自分が美人だと自覚していそうな、自信に満ちた笑顔。
私だって、ルックスにはまあまあ自信があるし、言いよってくる男だってそれなりにいる。
だけど…、この女には敵わない。
その写真を一目見ただけで、本能的に敗北感に襲われてしまった。
友也と関係を持つまで、そう時間はかからなかった。
ある日の金曜日、数人で遅くまで飲んでいたときのこと。
「また、紗英ちゃんと飲めて嬉しいよ」
「私も~。明日休みだから、今日は飲もう!!」
そんな会話からか私の仕草や視線からか、友也は勘付いたらしい。彼は自分に気を持っている女を見分ける嗅覚に優れているようだ。
1人、また1人と終電で帰宅し、2人きりになったとき、何の躊躇もなくすぐに私を麻布十番にある自分の部屋へと誘った。
順序云々以前に、彼女のいる、しかも、遊んでいるであろうことが全身から漏れ出ているこの男。痛い目を見るであろうことは十二分に頭では理解していた。
それでも、それを承知した上でも、どうしても本能的に引き込まれてしまう何かが彼にはあったのだ。
―友也の香りに包まれ、抱かれている一瞬は幸せだった。
しかし、その甘美な時間に浸りきることはできなかった。
「そこらへんの化粧品適当に使っていいよ」
そう言って、友也が指さした一帯には、シャネルの化粧品一式に、ゴールドの大ぶりのピアスやブレスレットと、スミレの私物らしきものたちが無造作に置かれていた。そしてそれらは、嫌でもスミレという女の人物像を浮かび上がらせ、その像はまるで私をけん制しているかのようだった。
それでも私は、その日を境に、友也にそれとなく好意を伝えはじめた。
ーもしかしたら、自分に振り向いてくれるかもしれないー
そんな淡い期待を込めながら、冗談交じりに“好き”という言葉を投げかけたりした。
それだけじゃない。
入念にケアした艶のある髪で、お気に入りのネイルで、頻繁に新調しているファッションで…。
あの手この手で友也への愛情を表現したのだが、いつもその変化に気づくのは健二だけだった。
◆
そんな関係を続けて半年。
何人かで飲んだ帰り道、友也がこっそり私を誘ってきた。
「ねえ、明日の夜、2人でゴハン行こうよ」
「え、明日も?」
2人で食事に行こうと誘われたのは、これが初めてだった。
何の予定もないのは明らかだったが、スマホで予定を確認するふりをしてから「まあ…別にいいよ」と返事をした。
私は舞い上がり、その日の夜も入念に肌のお手入れをして、たっぷりの睡眠をとった。
しかし、そんなに物事はうまくいくものではないらしい。
次の日、待ち合わせ直前に、「ごめん、仕事が終わらなそう」という嘘か真かわからぬメッセージが入り、その日はふいになってしまったのだ。
一日中、上機嫌で過ごしてしまった分、落胆のふり幅も大きい。
LINEの画面を見つめていたら、画面が暗くなり、おしゃれをした自分の姿が、もの悲しく画面越しに映った。
せっかく着飾った身を持て余すむなしさに耐え切れず、私は健二を呼び出すために、いつものように連絡した。行き場をなくした承認欲求を、とにかく誰かに満たしてほしかったのだ。
しかし、自暴自棄になりかけた私のぶっきらぼうな呼びかけに、その日の健二の反応は冷たく、そして必要以上に私を傷つけるものだった。
―ごめん、仕事が終わらない、今日は無理だ。
いつもなら、どうにか仕事を切り上げて駆けつけてくれたはずの健二。どこかで聞いたことのあるフレーズをもって、私が健二に傷つけられるなんて…。
気づくと、私はほとんど無意識のうちに、スマホで別の男へ連絡をしようとしていた。
ーいつものことだ。
こうして、私は、やり場のない感情を他の男で満たすということに慣れてく。
▶Next:1月29日 水曜更新予定
友也の心が徐々に紗英に傾き始める…?スミレを含めた4人の思いが交錯しはじめる…。
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
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