2020.01.22
嘘 Vol.1「また、あいつから連絡こなかったんだろ」
「別にそんなことないけど…」
「スマホ画面を表にしてるときは大体そうだよな」
グラスを見つめたまま、切なそうに呟く健二の横顔を見ると、こんな私でも少しの罪悪感を覚える。
確かに、いつ友也から連絡がきても気づけるよう、スマホを伏せずにカウンターに置いていた。そんな些細なことまで見逃さない健二は、本当によく私のことを見ている。
3か月前に食事会で知り合った健二は、私より3コ上の29歳だ。出会ってすぐ、あからさまに好意を伝えてきた。
しかし、私が友也という男に想いを寄せていることを知ると、少しだけ距離を取った。諦めたというわけではなく、友也との関係がダメになるまで待機しているといった感じだった。
そんな健二の策略をわかっていながら、都合のいい時だけ彼を利用する自分もタチが悪いと思う。
「今度は何もない時に連絡してくれよ」
帰り際、そんな風に自嘲気味に笑い飛ばした健二を、私はいつもの調子ではぐらかす。外苑西通りでタクシーを捕まえようと道路沿いを歩いていたその時、握りしめていたスマホがブブっと震えた。
LINEの新着を知らせるバイブレーション。
-kousuke:紗英ちゃん、今どこにいる?六本木で飲んでるからおいでよ!
間髪入れずにその新着を確認してしまったからこそ、どうでもよい男からの連絡だと分かったときの脱力感は果てしない。
友也にLINEをして半日。彼から返事がこないことには慣れているはずなのに…。
こうして返事のこないトーク画面が何度も視界に入ってしまうと、さきほど健二で紛らわせたはずの寂しさがまた襲ってくる。
既読にする気力すらおきず、そのままコートのポケットにスマホをしまった。
◆
ー藤田友也(ともや)。
彼と、初めて知り合ったのは、今から半年前。
顔の広い友人に呼ばれた飲みの席だった。
ゆるくパーマが当てられたヘアスタイルに、顎と口元の無精髭。気だるそうな喋り口調は、妙な色気を醸し出していた。
「紗英ちゃんっていうの?可愛いね、よろしく」
友也にとっては挨拶代わりなのかもしれないが、初対面にもかかわらず、息をするようにそんな言葉を掛けてきた。
「紗英ちゃん、結構お酒強いねえ」
「まあ、それなりには…」
「俺、自営業で勤務時間とか自由だし。平日でもお構いなしにほぼ毎晩飲み歩いてるんだよね。また誘っていい?」
飲食店経営をしている33歳の友也は、サラリーマンとして会社で働いた経験がないらしい。時間に縛られずに生きているせいなのか、くたびれた感じもなく、年齢よりずっと若く見えた。
良くも悪くもその真っすぐで奔放そうな人柄は、大学を卒業してから4年、日系の飲料メーカーでそれなりに全うな人生を歩んできた私には、とても新鮮に映ってしまった。
しかし、そんな挨拶を交わした直後、友也が友人と交わした会話を私は聞き逃さなかった。
「友也、お前また女の子口説いて、スミレにおこられるぞ」
「お前、ここではそれ黙っとけよー」
「アハハ」とはにかんで笑う友也の表情から、“スミレ”という人物が友也の恋人だということを知った。
―彼女、いるんだ…。
初対面の、今まで出会ったことのない類の男に対し、沸き上がった感情に戸惑いながら、何とかその場を取り繕い、作り笑いを顔に貼り付けていたことだけは今でもよく覚えている。
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