地獄への招待状
1店舗目がようやく、ちょっとした予約困難の店として知られはじめた頃。それに次いで真一が出したコンセプト違いの2店舗目が、大ブームを巻き起こしたのだ。
そこから、そのサクセスストーリー自体がメディアに取り上げられるほどの快進撃が始まった。
今では都内の高級エリアにいくつもの店舗を持ち、マンションは五反田から南麻布に移った。
敏腕経営者と呼ばれるようになった真一の妻と子として、店舗の一つで毎年従業員たちがけっこうな規模の合同誕生日パーティをしてくれるようなこの生活を、彩はたまにまるで他人事のように思う。
もともとただ好きな人と一緒になって、親子3人、楽しく暮らせれば十分と思い始まった結婚生活が、思いがけず豊かになり、仕事に打ち込む夫と可愛い息子がいる。
彩は時折、手を合わせて神様に感謝しているくらいだった。
―今日だって、ちょっと億劫でも、みんながせっかく開いてくれる会なんだから感謝して楽しもう!
彩は一つ頭を振ると、翔と一緒に真一の車に乗り込んだ。
◆
「お誕生日おめでとうございます、社長、彩さん、翔くん!こちら従業員一同からプレゼントです!」
到着早々、どこかの開店祝いかと見紛うほどの花束と、両手を広げたほどのケーキが運ばれてきて、彩と翔はあっという間にフロアの真ん中に押し出された。
「ありがとうございます…」
翔は、どことなく居心地が悪そうに、照れた様子でプレゼントの大きな包みを受け取る。
それ以外にも、近くのテーブルにいくつかのプレゼントがあり、中には常連の有名人の名前もあった。
「いや~社長は幸せ者ですね、こんなに若くて綺麗な奥様と、可愛いお坊ちゃままでいて」
「本当に。こんなに可愛い2世がいれば、将来も色々安心なんじゃないですか」
「翔君、おめでとう!未来の社長、僕たちを頼みますよ」
口々に祝われて、翔は少し当惑気味に、それでもぺこりと頭を下げている。
彩は、これがちょっぴりの憂鬱の原因だったことに思い当たった。
翔は一人息子のため、どこに行っても周囲は、彼をカリスマ経営者の2世として冗談半分にせよ、ちやほやと扱った。
本来なら鼻持ちならないおぼっちゃま君になってもおかしくないようなこの環境で、しかし翔はいつまでたってもこの環境になじむことはなかった。
いつもちょっとだけ困ったような笑顔で、ぺこりと頭を下げていた。大好きなサッカーと将棋をしているときとは正反対だ。
そんな時、彩の目には、なんだか少しだけ、真一と彩がいる世界から翔が浮き上がっているように見える。
母親のカンのようなもの。
うまく言えないけれど、真一が築いて手に入れた王国は、なんだか翔にしっくりきていない。将来もここに安住するとは思えない。
翔の可能性は、なんだか違うところにあるような気がする。でもそれがどんな世界で、どこにあるのか、彩にはさっぱりわからないのだ。
彩自身は、頭脳明晰とは程遠く、若くして結婚したために世間知らずで見識も少ない。ちょっと華やかな世界をちょろちょろしていても、彩は自分のことをよくわかっているつもりだ。
翔に「正しい方向」を教えてやりたいけれど、彩には「地図」がないのだ。
仕事があるからと次の店舗に向かった真一と別れ、翔とタクシーで帰路についた彩が、ぼんやりと逡巡していると、いつもの顔にもどった翔が嬉しそうに身を乗り出してきた。
「ねえママ!近所のあの学校さ、文化祭っていうの?延期されて、今日なんだって。小学生でも入れるってみんなが言ってた。将棋部の有段者と指せるらしいんだけど、今から行ってみてもいい?」
「いいけど…どこの学校?」
翔はガッツポーズをすると、素早くタクシーの運転手さんに行先変更を告げた。
「麻布中学校に、お願いします」
―その時はまだ、それが大きな運命の分かれ道だと、彩は知らずにいた。
▶NEXT:10月19日 土曜更新予定
彩と翔が目にするのは、日本屈指の名門校・御三家麻布の衝撃の光景!
この記事へのコメント
素敵な話になっていくといいなぁー!
中学受験までは親子の受験であることは間違いないけどね。
東カレ層収入以下でも御三家通ってる子は多いと思うし小学校受験とちがって、「金持ちじゃないと受験出来ない」なんてこと無いですよ。反抗期にも入ってるし母親が献身的過ぎて奴隷になるのも問題と言われる。
開成も本人の出来が悪くてついて...続きを見るけなくてやめる子もいるとききますから金次第じゃ無いですね、結局。
入ってからが勝負なのに受かることが目的の親が多いのでこの人たちもそうではないといいなと思います。
こんなすごい学校に合格した子どもを持つ自分がすごい!っていう、東カレ女特有の「自分の実力以外のところでマウント取りの見下し女」になりませんように。