ブラックタワー Vol.3

「他の住民には秘密で、夜会いたい…」夫を誘う、美しきコンシェルジュ。彼女が握るマンション内の秘密

―最上階に住む永田…って、そういうことよね。。

目の前で微笑む女性をチラ見しながら、奈月はどうするべきか、必死に考えていた。

封印したはずの過去の記憶から、永田と半同棲していたマンションに鬼の形相で乗り込んできた女の顔を必死で思い返す。背格好も、顔の作りも年齢も、何もかもが目の前の女性とはかけ離れていた。

―あ…。あの後、永田さん再婚したのかも。

泥沼騒動の末、永田が離婚したとは風のうわさで聞いていた。しかし、それ以降は全ての関係を絶ったので、その後の彼の動向については、何も知らない。

「今日はご主人は?お仕事?」

会長の問いかけに、永田夫人は整った笑顔を向ける。その姿から想像するに、年齢は30代後半くらいだろうか。

「いえ、出がけに電話があったものですから。もうすぐ来ると思います。」

夫人の答えを聞き、奈月は焦った。永田が来る前にさっさと退散しなければと、なかなか戻らない夫を探すため、会場内を見渡す。

ーもう、あんなところで何してるのよ。

宏太は、ドリンクが置いてある台の側で、多香子と話しているようだ。クーラーボックスからドリンクを取り出す手伝いをしているようにも見える。

いてもたってもいられず、奈月はテーブルの二人に挨拶をしてから、夫の元へ向かった。


「宏ちゃん、そろそろ帰らない?」

背後から突然呼びかけたからなのか、宏太と多香子はほぼ同時に、驚いたように振り返った。

「あ…ご主人をお借りしてしまい、大変申し訳ありません。柏原さん、お手伝い頂きありがとうございました。」

多香子は、深々と頭を下げると、大きな荷物とともに部屋の奥へと消えて行った。

「何してたのよ、待ってたのに。」
「ごめんごめん、重いクーラーボックス一人で運んでたから、ついさ。ちょっと手伝ってただけだよ。」

照れ臭そうに頭をかく宏太の顔は、笑顔で緩んでいる。

結婚前からわかっていたことだが、夫は人が良く、さらに美人にめっぽう弱い。奈月は宏太の肩を軽く小突くと、その腕を取り出口へと急いだ。

…あの人でしょ?
…シッ、聞こえるわよ。

出口近くの一画を占拠していたママ友グループが、何か話しているのが聞こえる。チラチラ視線を感じるので、恐らく奈月たちが話題に上がっているのだろう。気にはなるが、今はとにかくこの場所から出るのが最優先だ。

「なっちゃん、独りにしてごめんな?この後カフェ行こうよ、ほら、行きたいって言ってたとこ。」

パーティールームを出た奈月が息を吐くと、宏太は奈月の手を握り、機嫌をとるように話しかけてくる。安堵のため息を吐いていたのだが、その様子を拗ねていると勘違いしたのだろう。

「あ、行きた…」

夫の提案は嬉しいはずなのに、うまく対応できない。向こうから歩いてくる永田の姿で、一瞬にして頭が真っ白になってしまったからだ。

その姿がどんどん近づいてきて、すれ違う。一瞬チラッとこちらを見た気がするが、永田は何も反応することなく、パーティールームに入っていった。

「奈月?どうした?」

「なんでもない…」

そう答えた声は明らかに震えていたが、ご機嫌な宏太が気づいていないのが救いだった。

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