シュガー&ソルト Vol.3

「この成功が身に余るとは思わない」緻密な戦略で、一流企業の内定とハイスペ彼氏を得た女の誤算

就職後の煌びやかな東京生活


第一希望の会社に就職し、新人研修の最終日となった今日。

ミキは一度家に戻り、着替えることにした。夜は六本木の『アジュール フォーティーファイブ』で、彼氏の健斗と約束がある。研修最終日、ミキは迷うことなく同期と飲むことよりも彼氏に会うことを選んだのだ。

ーようやく真っ黒なスーツとさよならできる……!

研修中、新人はまだ就活時のスーツを着ることが暗黙のルールになっている。その反動で、今日は真っ白なワンピースを手に取った。

ミキは住宅手当が出ることもあって恵比寿の1Kに住んでいた。大学時代はずっと、キャンパスに近い調布に住んでいたから、初めての23区だ。

「煌びやかな社会人生活ねぇ」

母に言われ、照れ笑いした引越しの日を思い出す。

都会に憧れる者を、田舎者だと笑う人もいるだろう。ミキはそれでも構わなかった。

いつだったか、表参道の有名サロンで髪を切ってもらったと嬉しそうに報告する友人を、東京育ちの女子たちは田舎者だと笑った。だがミキはそんな彼女たちの方を、むしろ冷ややかな目で見ていた。

憧れこそが、原動力になるのだー。

ミキはずっとそう、信じている。

そして憧れの会社に就職したいま、この街に合う服を着て自分の力で住んでいることが改めて嬉しかった。信じていたことは間違っていなかったと確信したのだ。

ワンピースに着替えてメイクを直し、時計を確認する。まだ18時半。約束の19時半までの1時間、どうやって時間を潰そうか。健斗は外資系金融で働いている。

ーまたきっと遅刻するんだろうなぁ。

鏡に映るミキの顔はほころんでいた。



健斗は珍しく時間通りにやってきた。

エレベーターに乗り、店がある45階を目指す。異世界へ向かうような気持ちだ。たどり着いたその先に、これまでの自分ではどうやっても届かないであろう景色が広がっていた。


「着替えてきたんだね」

健斗は笑顔で、“似合ってるよ”と付け加える。

「さすがに就活スーツじゃ来れないから」

ミキが照れ隠しに答えると、一目で上質とわかるスーツに身を包んだ健斗は、穏やかに微笑んだ。

「それはそれで、面白いけどな」

年が5つも離れている割に少年っぽさもあって、スマートな褒め上手。一目惚れだったと思う。

健斗とは、大学4年生で参加した食事会で出会った。

ミキは留学していたため、社会人になったのが同級生よりも1年遅い。大学4年生になってから誘われる食事会は、社会人たちばかりだった。

たいていの男性たちはミキを「唯一の女子大生」というフィルターでしか見ないが、健斗は違っていた。就職活動の話、留学の話……。ミキが努力したことを上手に引き出してくれる。

付き合うまで全てが順調に進み、そう時間はかからなかった。周囲からは羨ましがられたが、この一連の出来事を身に余るとは思わない。努力の結果なのだから。

店員は次から次へと芸術品のようなプレートを持ってくる。

今日はミキの配属決定祝いだ。健斗はそう言っていたけれど、普通はそんなお祝いで、このレベルの店には来られないだろう。

「配属はどこになったの?」

「希望通り、営業本部に決まったよ」

2人はシャンパンの入ったグラスを持ち上げて、乾杯する。夜がだんだん更けてくる。レストランから見える東京は煌めいていた。

ーもう4年もいるのに、本当の東京を知らなかったんだな。

ミキはうっとりと、暗闇に包まれた街を眺めていた。

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