観衆に向かってスピーチをしながら、梨子はここに登り詰めるまでの出来事を思い返す。
開発を始めた3年前、オーガニックコスメ市場にはさまざまな新興化粧品会社が参入してレッドオーシャンと化していた。だからこそ、プラスアルファの要素が絶対に必要だった。
それから3年間、厳しい市場においてヒット商品を生み出すため、無我夢中で突っ走ってきたのだ。
挨拶が終わると満場の拍手が沸き起こり、高揚感でいっぱいになる。席に戻ると、同期の竜也と陽菜が温かく迎えてくれた。
「梨子。おめでとう!!最高だったよ」
「そうだよねぇ…もう3年前か!うん、梨子、本当によく頑張ったね」
「うん…。ありがとう…」
梨子が仕事に没頭した、本当の理由。それは、失恋がきっかけだった。
3年前、29歳のクリスマス・イブ。当時付き合っていた彼氏の、浮気が発覚したのだ。
その日、梨子は彼の家でレモンチキンを焼き、パエリアを作り、オードブルを広げ、家で焼いてきたクリスマスケーキを並べた。
彼が特別な日に飲もうと言って買っておいてくれたオーパスワンを開けたとき、その子は突然やってきた。
「私が本命だよね?イブに浮気するなんて酷い!」
「ごめん…違うんだ。こ、これはその…」
それは、まだ初々しい20歳の女の子。梨子は、泣き崩れる彼女を見たとき、自分たちは両方とも被害者だったと悟った。
おろおろとする彼氏に「何とかしてあげて」とだけ告げ、彼の部屋を出た帰り道、涙があふれて止まらなかったことを思い出す。
最低の恋愛だったけれど、梨子が残念な男に振り回されたのは、それが最初ではなかった。
その前の彼氏は、24時間監視したがる、異常なほどの束縛男。
前の前の彼氏は、ギャンブルで梨子の初めてのボーナスを使い込んだ男。初めて付き合った男なんて、世界を放浪すると言ってそのまま消えてしまったという痛い過去まである。
顔は大好きだったけど、中身がとことん残念な男たち。
付き合っている間は嫌われるのが怖くて、違和感にふたをして物わかりのいい女を演じていたけれど、最後はいつもこれ以上ない程に傷つけられて恋が終わる。
そして毎回、次こそは素敵な恋愛をしようと心に誓うのに、やっぱり自分は残念な男ばかりを引き寄せてしまうのだ。
だから梨子は、29歳のクリスマスに恋愛を封印することにした。
仕事は絶対に裏切らない。こうやって、ちゃんと答えてくれるから。
◆
「梨子!梨子!」
竜也と陽菜に呼ばれて、我に返る。
「ごめん。ついつい、考え事してた」
「梨子、何か顔色悪いけど大丈夫か?」
竜也と陽菜からお祝いに飲みに行こうと誘われたが、何だか下腹部に鈍い痛みを感じ始めていた。昔のトラウマを思い出したせいだろうか。
「ごめん!なんか体調があんまりよくなくて…」
ーロキソニン、ポーチに入っていたかな。
そんなことを考えて、立ち上がった瞬間、今まで経験したことのない痛みが梨子を襲う。
意識が遠のく中で、竜也に抱きかかえられているのがわかった。
目が覚めると、病院のベッドの上だ。梨子は広尾にある医療センターに運び込まれたのだった。
ガラガラ…
勢いよくドアが開き、青い顔をした両親が入ってくる。
「梨子ちゃん!大丈夫なの?」
すると医師は、梨子にこう告げた。
「卵巣嚢腫です。捻転もありますので、早急に手術して嚢腫を取りましょう」
「嚢腫ってことは、悪性ではないんですよね!?」
母は医師に詰め寄る。
「現時点では、悪性の可能性が完全にない、とは言い切れない状況ですので、開腹手術を行います」
梨子にとっては重い宣告を、医師はいとも簡単に告げて去っていく。
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