2019.04.06
ブラックタワー Vol.1「ただいまー!宅配ボックスに荷物届いてたよ。」
午後9時過ぎ、宏太が帰宅した。
商談やアポが重ならなければ定時退社が基本の奈月に対し、宏太は残業が多い。毎週新商品が発売される飲料メーカーは競争が熾烈で、年中常に忙しいらしい。
この家を購入するにあたって、一番ネックになったのが、宏太の会社との距離だ。格段に楽になった奈月の通勤とは異なり、宏太の会社までの所要時間は、以前より少し長くなった。
「確かに時間はかかるけど…でも乗換えは減るし、その分むしろ楽になるかも」と宏太が言ってくれなければ、もしかしたらここは諦めざるを得なかったかもしれない。
そんな夫への感謝を込めて、せめて家にいる間はゆっくりと過ごして欲しいと、奈月は平日でもほぼ毎晩夕食を作り、夫の帰りを待つことにしている。使い勝手の良いカウンターキッチンは、立っているだけでほんのり幸せな気持ちになれて、全く苦ではないのだ。
「さっきさ、宅配ボックスでエラーが起きて困ってたら、コンシェルジュの吉岡さんが来てくれたんだよ。ほら、引越し当日にいろいろ手続きしてくれた人。」
宅配便の段ボールを抱えながら、宏太が笑顔でそう言った。夕飯を並べる準備をしていた奈月も、振り返って頷く。
「あの綺麗な人でしょ。真瀬さんが言ってたけど、すごく評判いい方みたいよ。」
「やっぱり!それにしても、コンシェルジュサービスって便利だよな。聞いてるだけと使ってみるのは、全然違う。」
普段、自分から話題を振ることの少ない宏太が、意気揚々と話している。そんな夫の姿に、奈月は改めて今の幸せを噛み締めるのだった。
「奈月、このお菓子もらってもいい?」
翌朝、いつもよりゆっくりとしている宏太は、一箱だけ戸棚の上に残された『パティスリーリョーコ』のフィナンシェのボックスを指差した。引越しの挨拶品として室井用に準備していたものだが、未だに渡せていない。
「うん、いいよ。賞味期限近くなっちゃってるし。実は私も食べたくなって、今週末にも予約してたんだ。ご挨拶分はそこから出すから。」
「そっか、ありがとう。それにしても、室井さんだっけ。なかなかタイミング合わないよな。」
宏太は、フィナンシェと共に上機嫌で出社して行った。普段甘いものはほとんど食べない人なので、部下達のための差し入れなのかもしれない。
ー大変!もうこんな時間。
宏太を送り出し、身支度を終えた時刻はいつもよりだいぶ遅い。急に暖かくなったので、服装に迷い時間がかかってしまったのだ。
「今日の最下位は蠍座のあなた。時間に余裕を持った計画を!」と不吉な占いを告げるテレビを消し、奈月は家を飛び出した。
ーもう、今日に限ってなかなかこないんだから…!
高層階の3機のうち、2台は1階で停まっており、もう一台は上階へ向かっている。初めて感じるタワマンのデメリットにイライラしながら、奈月はエレベーターを待った。
数分後、最上階に1度停まってから降りてきたエレベーターには、以前遭遇した男性が、またもやマスク姿で乗っている。
「…おはようございます。」
軽く頭を下げ、奈月は急いで閉ボタンを押した。扉が閉まると、あの切ない香りが、狭い空間に充満していくのがわかる。
「奈月ちゃん?」
ーえっ…。
背後から突然呼ばれたからなのか、その声に聞き覚えがあったからなのか。振り返った奈月は、思わず声をあげた。
「永田…さん?」
「やっぱりそうだ。奈月ちゃんだ。…久しぶりだね。」
ーフローリスのNo.89。
その香水の名を教わった時の記憶が、奈月の脳裏に瞬時に浮かぶ。どんどん地上に近づいていくエレベーターとは逆に、奈月の心拍数は急速にあがっていく。
ーまさか、なんでこの人がここにいるの…。
「じゃあ、また近いうちに。」
ゆっくりと去っていく永田の背中を、エレベーターの中から呆然と見送った。
そしてこの日から、奈月の理想のタワマンライフは、少しずつ狂い始めていくことになるのだ。
▶NEXT:4月11日 木曜日更新予定
絶対に会いたくなかった…奈月と永田の関係とは。
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
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