ーまるでお城みたいに、高くて真っ白な塔。私もあそこの住人の、一人になれたなら…。
ずっと遠くから眺めていた、憧れのタワーマンション。柏原奈月・32歳は、ついに念願叶ってそこに住むこととなった。
空に手が届きそうなマイホームで、夫・宏太と二人、幸せな生活を築くはずだったのに。
美しく白い塔の中には、外からは決してわからない複雑な人間関係と、彼らの真っ黒な感情が渦巻いていたー。
「とうとう、この日が来たのね。今日からここが我が家になるなんて、今でも信じられない…。」
奈月が空を見上げながら呟くと、夫・宏太も嬉しそうに目を細めた。
目の前にそびえ立つタワーマンションは、39階建の真っ白な塔。築6年になるこのマンションの20階が、奈月と宏太の新しい住処になるのだ。
周囲にもマンションやビルはあるものの、ひときわ高く伸びたこのタワマンはとにかく目立つ。くすんだ色の建物が多い中で、壁から柱まで純白で統一されているというのも、目を引く要因かもしれない。
「最初、奈月からここに住みたいって聞いた時は、正直焦ったけどさ。ちょうどいいタイミングで物件も見つかったし、ホント運良かったよな、俺たち。」
宏太は、奈月と同い年の32歳のサラリーマンだ。一部上場の飲料メーカーで開発者として働いており、平均よりは高い給料を貰ってはいるものの、特に贅沢には興味がない庶民派の男である。
食品メーカーで営業をしている奈月は、そんな宏太と3年前に仕事で出会い、2年前にめでたくゴールインした。
新婚生活のスタートは二人の会社の中間地点にある賃貸マンションだったが、更新時期を目前にして、このタワマンの一室が売りに出ていることがわかった。そこで奈月は、必死に宏太を説得したのだ。
「私ね、通勤中に電車から見えるこのタワマンに、ずっと憧れてたの。立地も今のマンションよりずっといいし、毎月のローンだって、今の家賃よりも安くて済むのよ?資産価値を考えたら、絶対に買ったほうがいいと思う!」
最初は、分不相応だと難色を示していた宏太だったが、熱心にタワマンの良さを語る奈月に説得される形で、渋々ながら内見に付き合ってくれた。
実際の部屋は想像以上に素晴らしく、宏太も熱心に不動産屋の説明を聞いていた。帰り道、すぐに二人でローン相談へいこうと提案してきた夫に、奈月は小躍りしたのだった。
そのあとはトントン拍子に話が進み、晴れて20階・2LDK58平米の一部屋が、奈月たちのものとなったのだ。
「行きましょ。私たちの新しい家へ。」
奈月は宏太の手をとると、弾むような足取りで、真っ白なエントランスをくぐった。
この記事へのコメント
最初はマンション内カーストの話かと思ったけど違うっぽい。