
私を捨てるなんて、許さない。芸能界の頂点にいる女が嫉妬心に駆られて仕掛けた、狡猾な罠
—この男は、誰だ?—
明晰な頭脳と甘いマスク、輝かしい経歴を武器に、一躍スターダムにのし上がった男がいる。
誰もが彼を羨み、尊敬の念さえ抱いていた。
だがもしも、彼の全てが「嘘」だったとしたら?
過去を捨て、名前を変え、経歴を変え、顔を変えて別人になり、イケメンジャーナリストとしての地位を手に入れた、レオナルド・ジェファーソン・毛利。通称『レオ』。
レオの、秘密の過去を知る唯一の人物であり、芸能界の「女帝」と呼ばれる一条茜に出会ったのは15年前。
ずっと秘密を共有していた茜が死んだことを境に、不可解な出来事がレオの周りで起こり始めるのだった…。
そしてその『女帝』の死を巡って、週刊誌の記者が、レオの初恋の恋人と対面する。
「あちこち旅をしてまわっても、自分自身から逃げることはできないのだ:ヘミングウェイ」
須田歩(すだ・あゆみ)は、驚くほどあっさりと、求めていた人に会えてしまった。
―神さまが味方してくれているのかも。
宗教も占いも信じないリアリストを自負している歩は、自分がそんな風に思ったことを驚いたけれど、そう思わずにいられない程に、今回の人探しはうまくいった。
―茜さんが探し出せなかったのはなぜだろう。
歩は、車を運転し始めてから3時間後には、その人の自宅に到着したというのに。
「これ、良かったらどうぞ。ちょうどお隣さんに、美味しいお菓子を頂いたところで良かったぁ。わざわざ東京からこんな田舎まで、ご苦労さまです」
耳慣れないイントネーションで声をかけられ、歩は思考を止めて顔をあげた。突然自宅に押しかけた見知らぬ人に、ニコニコとお茶やお菓子まで出してくれたこの女性。
茜が謝りたかった園田光子は、結婚して浅倉光子になっていた。
「ねぇーママぁ」
「優くん、お姉さんに、こんにちは、は?」
「えー…」
光子の背中から、チラチラと歩を覗き見る男の子。母親によく似た、大きなクリクリとした目元が愛らしい。母親に何度か促されて、ようやく小さな声でコンニチワ、と言うと、奥の部屋に向かって走り出した。
「可愛いですね。いくつですか?」
「先月が誕生日で5才になりました。綺麗なお姉さんには、人見知りしちゃうんですよね」
光子はパタパタと走り去る息子の後ろ姿を見送りながら、ふふっ、と笑った。その笑顔に、歩は思わず見とれてしまった。
―キレイな人。
歩が光子から感じた“美”は、容姿の美しさなどという単純なことではない。この人からは、汚れや社会に擦れたなど、その手の疲れが一切感じられないのだ。
恐らく建てて間もないであろう、木の香りがする小さな一軒家。
その明るい光が差し込むリビングで向き合って座る光子は、26歳の歩よりも10くらい年上のはずなのに、歩と同世代だと言われても納得するくらい若々しく、すがすがしい空気をまとっている。
突然東京から訪ねてきた見ず知らずの人間を、すんなり自宅に入れてしまうことも、人を疑わないどころか疑わなさ過ぎるのではないのかと、心配してしまうほどだ。
歩は光子を前にしていると、自分の毒気や邪気のようなものが浮き彫りになる気がして、週刊誌の記者であることを名乗らず本当の目的を隠したままの自分が、恥ずかしくなってきた。
―毒気を抜かれる。
「突然お伺いしてしまって…すみません」
茜のあの手紙はバッグの中にある。
歩が本題を話を切り出すタイミングを探っていると、光子が先に口を開いた。
この記事へのコメント
なかなか終わらないから、まだ読める!と嬉しかったです。笑