2018.11.21
SPECIAL TALK Vol.50戦おうとするのではなく、課題を淡々とこなす
金丸:そうやって漁業の仕組みを知れば知るほど、新しいことを始める難しさが、わかったのではないですか? 市場や漁業協同組合との関係もある。自分たちで魚を流通させようとすれば、大きな抵抗があることが予想できますし。
坪内:みなさんからはよく「漁業に風穴をあけた」と言われますが、私自身は今の漁業をがらりと変えたいとか、悪しきものをつぶしたいという思いは、まったくないんです。ただ純粋に、地元がよくなって、漁師さんたちがより良い生活ができるようになればいい。そのために自分に何ができるだろうかと考え、目の前にある課題に淡々と取り組んでいるだけなんです。
金丸:とはいえ、「それはやめておけ」とか「そんなことをされると困る」という声もあったんじゃないですか?
坪内:そうですね。私にとって最大の抵抗勢力は、長岡ですね。
金丸:どういうことでしょう?
坪内:長岡は漁業協同組合やほかの漁師たちとの関係から人一倍悩み、何度も私に「もうやめよう」と言ってきました。さらには気分屋なので、「今日は寒いから出荷はしない」とか(笑)。
金丸:困った方ですね(笑)。
坪内:漁は男の世界ですから、私があれこれ口を出すことに腹も立てますし、取っ組み合いの喧嘩も何度したかわかりません。もちろん向こうは手加減しているけど、こっちだって本気でやり返す。長岡のメガネを飛ばしてやったこともあります(笑)。でもそうやって同じ目線に立つことで、私もまた漁業のことを真剣に考え、一生懸命やっているんだということが、ほかの漁師たちにも伝わったんじゃないかと思います。
金丸:今は魚の直販だけでなく、コンサルティングやスタディーツアーもされていますから、相当お忙しいのではないですか?
坪内:実はつい最近、萩大島の鮮魚に関わる事業の一部を切り離し、その代表をIターンで来た若手に任せました。これまで漁師たちは、船を出して魚を市場に卸したらそれで終わり。卸した魚がどんな価格で取引されているのか、自分たちがどれだけ経費を使っているのかなんて無頓着でした。でも彼らにはお金の流れにもっと関心を持ってもらい、自立してもらわないといけません。
金丸:農協が間に入っている農業でも、同じことが言えます。
坪内:意識が変わっていけば、いずれは萩大島船団丸のメンバーがコンサルタントとして、各地の浜を飛び回るような未来がやってくると信じています。
いつも考えるのは「自分に何ができるのか」
金丸:不思議なのは、もともと漁業関係者ではないのに、そこまでやれる坪内さんのモチベーションです。漁業界には問題が山積みになっていて、それを解決しなければいけないのは間違いない。でも、その責任は坪内さんにはありませんよね。なのに、大変な思いをしても見捨てず、今では日本中から注目される船団を作り上げました。途中でやめたいと思ったことはなかったのですか?
坪内:やめたいと思ったことは、一度もないですね。
金丸:それはなぜでしょう?
坪内:よく聞かれるんですけど、なぜなんでしょうね(笑)。ただ、長岡をはじめ萩大島の漁師たちと会ったとき、私自身も離婚して子どもを抱え、将来への不安がありました。「この人たちと一緒に頑張れば、何かワクワクしたことができるかもしれない」と感じたのが、大きかったように思います。それに漁業に取り組むなかで、食の安全について、さらに意識するようになりました。
金丸:ご自身の体質のこともありますしね。
坪内:日本では、「オーガニックだ」と言われて出された料理が、全然オーガニックじゃないということが、往々にしてあります。たとえば、オーガニックの野菜も、栽培する段階で化学肥料を使わなかったとしても、野菜が育つ土に化学系の肥料がたっぷり使われていることがよくあるんです。そういうものを食べると、私は舌がピリピリするのですぐにわかります。実は最近も「安全ですよ」と言われた牛肉を食べて、倒れてしまって。
金丸:本当に大変なんですね。
坪内:大島の魚で倒れたことは、一度もないですよ。でも環境の変化で、漁獲量や漁獲高は減る一方です。もともと漁師というのは収入が不安定で、天気によっては漁に出られないし、不漁もある。だから適正な価格で魚を取引してもらい、漁師の生活を安定させることは、環境を改善し、海に再び魚を呼び戻すための第一歩だと思います。スタートは成り行きで結成した萩大島船団丸ですが、2017年に改めて正式に理念を定めました。
金丸:どんな理念ですか?
坪内:「50年後の島の元気な存続と、美しい日本食文化を未来に継承します」というものです。
金丸:素晴らしいですね。お話を伺っていると、坪内さんは、ほかの人なら「どうにもならない」と諦めるようなことも、放っておかずに取り組もうとする。だから、全国各地から声がかかるのでしょうね。
坪内:19歳で余命半年と言われたときは、今の自分はまったく想像していませんでした。生かしてもらえるのであれば、やれることは一つずつやっていきたい。だから「今の自分に何ができるのか」、そして「何の意味があって出会わされているのか」をいつも考えています。
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