広がっていく溝
「それでね、ヘッドハンティングで新しいマネージャーが来たんだけど…」
代々木上原の、1DK。
自室のベッドで横になりながら、私が電話をする相手はもちろん昭人だ。
平日は私も仕事があるし、休日も昭人には勉強がある。彼は来夏に控える試験に人生を賭けており、最近じゃデートはおろか、会うことすらままならない。
それゆえ私はこうしてマメに電話をし、どうにか昭人との関係を続かせようと努力をしているが、しかし最近は5分と会話が続かなくなっていた。
「…そろそろ勉強に戻っていいかな?明日香の仕事の話とか、俺、聞いてもわかんないし」
穏やかな言い方ではあるが、後半に鋭いトゲがあった。
最近の昭人は焦りからか、私が仕事の話をするのを嫌う。
社会人になったばかりの頃は辛抱強く愚痴にも付き合ってくれたし、「頑張れ」と優しく声をかけてくれたりもしていたのだが。
しかしだからといって私と昭人の間には、それ以外に話すことなどない。
「そうだよね…ごめん。勉強頑張ってね」
立場や環境の違いが、私たちの溝を広げている。考えないようにしていても、そのことはもう自明のこととなりつつあった。
−この週末も、ひとりぼっちかぁ…。
努めて明るい声を出し「またね」と電話を切った後で、私はひとりため息を吐く。
学生時代からの親友に連絡しようかとも思ったが、彼氏と過ごすであろう週末を邪魔するのも悪いのでやめておくことにした。
所在なくスクロールする女友達のタイムラインには、恋人とレストランディナーを楽しむ投稿や、部屋で一緒に映画を見ている報告なんかがひっきりなしに並ぶ。
「…いいなぁ」
思わず、声が漏れた。
社会人2年目になり、中にはかなり年上の彼ができた友達もいて、そういう子たちは随分と高級なレストランに連れていってもらったり、誕生日に高価なジュエリーをもらっていたりもする。
だから何というわけではないが、ただ単純に羨ましかった。
ひとりで家にいても余計なことを考えてしまうし、買い物に出かけたら出かけたで、むしゃくしゃして無駄に衝動買いをしてしまう気がする。
−会社にでも、行くかな。
一人で家にいても仕方がない。そんな消極的選択から、私は結局その週末、休日出勤をすることにしたのだった。
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