先祖代々受け継がれし名声と財産。
それを守り続けるために、幼い頃から心身に叩き込まれる躾と品位。
名家の系譜を汲む彼らは、新興のビジネスで財を成した富裕層と差別化されてこう呼ばれる。
「オールドリッチ」と。
一見すると何の悩みもなく、ただ恵まれた人生を送っているように見えるオールドリッチ。
しかし、オールドリッチの多くは、人からは理解されない苦悩や重圧に晒されている。
知られざるオールドリッチ達の心のうちが、今、つまびらかにされる−。
【今週のオールドリッチ】
名前:岩原康介
年齢:34歳
職業:総合商社勤務
住居:代々木上原
人形町の小料理屋で行われたメーカーとの会食は、半ば記憶が混濁するほどの激しさの後お開きになった。
落ち着いた店で穏やかに飲み始めても、最後はほぼ裸になるようなどんちゃん騒ぎになってしまうのは商社マンの常だ。
ー毎日毎日、こうやって大酒を飲むばかり。俺は一体、何をやってるんだろう…。
そんなボヤキを飲み込むと、岩原康介はふらつく体をタクシーに押し込めた。
◆
岩原家は、いわゆる「オールドリッチ」の名家だ。
有名財閥の創始者の遠戚にあたり、親族は同財閥系の有名企業でそれなりの役職についている者が多い。
康介自身も小学校から学習院に通い、大学受験もアルバイトもせずに関連の一流商社に就職した。
岩原家のお決まりのルート。財閥系オールドリッチにとって関連会社への就職は、抗うことのできない運命のようなものだ。
両親の資産は康介が把握しているだけでも数十億はある。しかし、そのほとんどは一族で守り続ける土地や株など、気軽に処分ができないものばかり。好きなように現金を動かし、気ままに暮らす…なんて生活は現実的ではなかった。
『失敗したらどうやって挽回する?お前の尻拭いのために代々の土地を売るなんて許されないだろう。バカなこと言ってないで、考え直せ…』
父の厳しい声が聞こえた気がして、康介は慌てて目を覚ました。タクシーの中でいつのまにかうたた寝してしまい、学生時代の夢を見ていたようだ。
「就職せずに友人達と小さな広告代理店を始めたい」という夢を父に鼻で笑われた苦い思い出は、10年以上の時が過ぎた今もこうして康介を苦しめる。
しかし、父の反応も無理はない。
過去の名声を糧に生きるオールドリッチにとって、「汚点」は最も忌み嫌われるものなのだ。
自由な挑戦より、盤石なレールを走り続ける。失敗の無い人生は、同年代の会社員に比べて裕福だ。
ーしかし、何かが満たされない。
深酒をした夜の康介の心は、決まって虚しさに襲われるのだった。
この記事へのコメント
ゆかりも心の中では清水が伸びていくのが羨ましくて、ケチつけたいだけ。