2018.09.22
オールドリッチの悲哀 Vol.1プライドと安定。オールドリッチのボンボンの幸せは、どちらなのか
蒼白なゆかりの顔を見て、康介は罪悪感に襲われた。
しかし今夜は、チラチラと目に入る日経新聞のせいか、ただ単に酔っているだけなのか、これまで決して口にしてこなかった言葉が溢れてくる。
「俺さあ、会社を辞めて起業したいんだ。…ずっと考えてたんだ。どこまでやれるのか、自分の力を試したいって」
康介の心の中では、長年くすぶってきた想いだった。しかし、ゆかりにとっては晴天の霹靂だろう。
ゆかりが康介を選んだ理由には、同じオールドリッチ同士リスクの少ない豊かな生活を送れる、という思いも少なからずあったはずだ。
会社を辞めるなんて、父が許す訳がない。少なくともこの家は出ることになるだろう。失敗したら…健一の親権すら両親に譲るように言われかねない。
盤石なオールドリッチの生活が、自分の夢のせいで崩れてしまうかもしれない。苦労知らずのお嬢様であるゆかりが、そんな一か八かのチャレンジを受け入れられるはずもなかった。
「そんな…岩原家の後ろ盾なしに、健一のお受験はどうなるの?もし起業に失敗したら、世間からどう見られるか…」
ゆかりが悲痛な声でつぶやく。その怯える姿を前にして、康介は大きな無力感を味わうとともに、少しの安堵も覚えるのだった。
乾いた笑いが口の端から漏れる。
「…ちょっと飲みすぎたみたいだ。もう寝るよ」
立ち尽くすゆかりをリビングに残したまま、康介は寝室へと向かった。
◆
翌朝8時。遅めの朝を迎えた康介は、着替えを済ませリビングダイニングへ向かった。
「康介、おはよう」
慌ただしく健一の世話を焼きながら、ゆかりが声をかけてくる。いつもと変わらない朝。昨夜の出来事など夢だったかのようだ。
食卓につき、テレビを点ける。二日酔いの頭で朝のニュースをぼんやり見つめていると、ゆかりが熱いコーヒーを運んできてくれた。
当たり障りのない家族の会話を交わしていたその時、テレビの画面に清水が映った。清水の会社がついにマザーズ上場を果たすらしい。ボリュームを上げようとリモコンに手を伸ばしたその時だった。
ゆかりが恐ろしい勢いで目の前のリモコンを奪った。
驚いてゆかりの顔を見上げる。能面のように真っ白な顔のゆかりが、テレビを消した。
「康介。そろそろ出勤の時間じゃない?」
にっこりと微笑むゆかり。その微笑みに、昨日までは活力をもらっていたはずだった。しかし、今はただ薄ら寒いものを感じる。
言われるままに玄関へと追いやられる。恭しくスーツの上着を着せながら、ゆかりは言った。
「康介、私思うの。この生活を守っていくことこそが、私たちの幸せであり使命だって。だから、おかしなこと考えないでね」
『バカなこと言ってないで、考え直せ…』
ゆかりの言葉に、父の言葉が重なる。重たい扉が閉まった。
ー少しでも応援してもらえると思ったか?
ーこれでいい。今日も、不安のない穏やかな1日が始まる。
ー俺は一族の汚点にならずに済むし、妻は安心していられる。健一も母校へと進学するだろう。
グルグルと考えが渦巻く中、スマホで先ほどのニュースをチェックし直す。画面には、清水の笑顔が映っている。
康介は強い敗北感を体の奥へと押し込むように、ごくりと息を飲み込んだ。
▶NEXT:9月29日 土曜更新予定
ド派手ニューリッチ達が台頭する名門校で、斜陽オールドリッチたちの立場は?
【オールドリッチの悲哀】の記事一覧
2018.11.17
Vol.10
中流家庭に転落した実家。“白金のお姫様”になるはずだった女のプライド
2018.11.16
Vol.9
先祖代々受け継ぐ財産に、苦しめられる者の現実。「オールドリッチの悲哀」全話総集編
2018.11.10
Vol.8
わかりやすいブランド品はNG、外食は個室のみ…。お金はあっても自由がない女の、空虚な毎日とは
2018.11.03
Vol.7
「金目当ての女」を襲う、因果応報。婚約者のドス黒い腹の内を知った女の、複雑な心情
2018.10.27
Vol.6
享楽的な日々を過ごす男の事情。愛する人とは結婚できぬ“ボンボン”ならではの苦悩
2018.10.20
Vol.5
友達の元彼と結婚。海外ドラマのように入り乱れる、オールドリッチの、複雑な男女関係
2018.10.13
Vol.4
箱入り娘業界で「プライドの無い男」が重宝される理由。オールドリッチが譲れない、婿選びの条件
2018.10.06
Vol.3
遺産相続に追いつめられるオールドリッチ。田園調布の豪邸を容赦なく襲う、厳しい現実
2018.09.29
Vol.2
プライドと資産はあっても、現金はない。時代に取り残されつつある、オールドリッチたちの現実
おすすめ記事
2025.03.27
TOUGH COOKIES
「この人は私がいないとダメ」と相手に尽くしてしまうのは、ただの独占欲から。次第に執着心に発展し…
- PR
2025.03.31
結婚1年目から、激務のせいでギスギス…。崩壊寸前のパワーカップルを救ったアイテムとは?
2018.02.28
残念極まる男
生まれも育ちも田園調布3丁目の一級建築士。男は年収よりも“育ちの良さ”が大事なのか?
2016.11.08
慶應内格差
慶應内格差:慶應法政へ推薦入学の外資コンサル女に恋の予感。それを打ち砕く内部女子
- PR
2025.03.31
えっ、あの“ミャクミャク”の部屋に泊まれる!?どっぷり万博に浸れる、いまだけのホテルステイとは…
2016.10.18
崖っぷち結婚相談所
崖っぷち結婚相談所:好条件でも論外判定?婚活で最も避けたい「典型的な非モテ男」の正体
2019.10.27
東京発⇒地方行き
“慶應一族”で育った妻が抑圧から解放された、大阪人の「知らんけど」精神の威力とは
2015.02.23
非常によくおモテになる殿方のホワイトデー
100円チロルチョコから鮨で200倍返し?
2017.08.06
日曜日の女
日曜日の女:唖々悲しきかな、勘違い乙女。モテる小悪魔気取りな女の、哀しい実態
- PR
2025.03.05
首都圏でしか味わえない!東カレ編集部員が厳選する「美食」と「高層夜景」の名店10軒
東京カレンダーショッピング
ロングヒット記事
2025.03.19
運命なんて、今さら
初めて彼のマンションを訪れた28歳女。しかし、滞在10分で、突然「帰りたい」と思った理由
2025.03.22
男と女の答えあわせ【Q】
「豊洲に住んでいる」と33歳男が言った途端に、デート相手の女が戸惑ったワケ
2025.03.23
男と女の答えあわせ【A】
「年収800万くらいでもいいかな…」相手に求める条件を妥協したつもりの30歳女の大誤算
2025.03.17
1LDKの彼方
「何もないって言われたけど…」彼氏が他の女と連絡を取っていたことが発覚。30歳女は思わず…
2025.03.20
TOUGH COOKIES
「幸せそうな彼女がなぜ?」SNSで悪質コメントの犯人を突き止めたら、意外な人で…
この記事へのコメント