2018.09.22
オールドリッチの悲哀 Vol.1オールドリッチはニューリッチより格上なのか?
タクシーは30分ほどで、自宅である代々木上原の低層マンションに到着した。
バブル時代の100㎡越え3LDKのマンションは30代の夫婦には分不相応だが、これも岩原家の資産であるため家賃はかからない。
一流企業に無料の住まい。康介の生活を多くの人は羨むことだろう。だが、独立志向が強い康介は、自身の血統に首輪をつけられているような息苦しさを感じていた。
「おかえりなさい。今夜も遅かったわね」
ドアを開けると、穏やかな声が康介を迎え入れた。
時刻はすでに25時を回っていたが、4歳年下の妻・ゆかりは、深夜でもきちんと夫の帰りを迎え入れ、リビングで上着を受け取ってくれる。
ゆかりは、祖母の代から聖心女子学院という一族で育ったお嬢様だ。
激務で忙殺されることの多い康介は、こういったゆかりの貞淑さに幾度も癒されていた。
しかし、くつろいだ気持ちになれたのも束の間のこと。
ネクタイを緩める康介の背後で、ゆかりのため息まじりの声が聞こえる。
「ねぇ康介、ちょっと聞いてくれない?」
康介の返事を待たずして、ゆかりはほとほと困り果てた、といった顔で話しはじめた。
「清水純也くんのママがね、お月謝を封筒にも入れずに持ってきたの。先生の手に小銭をジャラジャラ落としてるのを見て、私恥ずかしくて…」
ーまた、お決まりの愚痴か。
ここ半年ゆかりの発する話題は、4歳の息子・健一が通う日舞教室のママ友「清水さん」の愚痴ばかりだ。
お嬢様として厳しく躾られてきたゆかりにとって、一代で財を成した夫を持つ「ニューリッチ」の振る舞いは目に余るらしい。
康介はあいまいに相槌を打ちながら、心の芯が冷えていくのを感じた。置いたばかりのカバンからはみ出た日経新聞を見やる。
「常識のない清水さん」の夫である清水裕也のインタビュー記事が掲載されていたからだ。広告代理店を起こすという夢が胸にくすぶる康介は、つい業界の動向をチェックしてしまう。
清水裕也といえば、新進気鋭のネット広告会社の社長として知られ始めた経営者だ。しかし、どれだけ成功していても東北の田舎育ちの駒澤大学中退という清水の経歴は、ゆかりにとって異世界の住人のように感じられるのだろう。
一方の康介は、オールドリッチのボンボン。努力らしい努力も、挫折らしい挫折も知らない男。ゆかりにとってはこれこそが「普通」である、オールドリッチの世界に生きる男。
この生活に不満があると言ったら、きっとバチがあたるだろう。
しかし、康介はゆかりから清水家の愚痴を聞くたびに、自分が責められているような気分になる。
ー親父のコネで入った会社で毎日酒をかっくらうだけの男と、自分の力で財をなした男、一体どちらが上等だというんだ?
康介の家の中は上質なものばかりで揃えられている。家具はもちろん、家電も、衣服も、カーテンも、バスタオル1枚だって、どれをとっても“上質”と言われるものばかりだ。
だが、その上質なものに囲まれた自分は、自分の生き方に誇りも持てずに日々を過ごしている。
ー滑稽だよなぁ…
小さく呟いた康介の声が、ゆかりの愚痴に搔き消される。
「それでね、清水さんの帯の選び方もおかしいのよ。この前なんて…」
彼女の愚痴はまだ止まりそうにない。酔いと鬱屈とした気持ちが混濁する。
「…いい加減にしろ」
静寂が2人を包む。
自分が驚くほど冷たい声で妻を抑止した事を理解したのは、凍りついた妻の姿を目の当たりにしてからだった。
【オールドリッチの悲哀】の記事一覧
2018.11.17
Vol.10
中流家庭に転落した実家。“白金のお姫様”になるはずだった女のプライド
2018.11.16
Vol.9
先祖代々受け継ぐ財産に、苦しめられる者の現実。「オールドリッチの悲哀」全話総集編
2018.11.10
Vol.8
わかりやすいブランド品はNG、外食は個室のみ…。お金はあっても自由がない女の、空虚な毎日とは
2018.11.03
Vol.7
「金目当ての女」を襲う、因果応報。婚約者のドス黒い腹の内を知った女の、複雑な心情
2018.10.27
Vol.6
享楽的な日々を過ごす男の事情。愛する人とは結婚できぬ“ボンボン”ならではの苦悩
2018.10.20
Vol.5
友達の元彼と結婚。海外ドラマのように入り乱れる、オールドリッチの、複雑な男女関係
2018.10.13
Vol.4
箱入り娘業界で「プライドの無い男」が重宝される理由。オールドリッチが譲れない、婿選びの条件
2018.10.06
Vol.3
遺産相続に追いつめられるオールドリッチ。田園調布の豪邸を容赦なく襲う、厳しい現実
2018.09.29
Vol.2
プライドと資産はあっても、現金はない。時代に取り残されつつある、オールドリッチたちの現実
おすすめ記事
2025.03.27
TOUGH COOKIES
「この人は私がいないとダメ」と相手に尽くしてしまうのは、ただの独占欲から。次第に執着心に発展し…
- PR
2025.03.31
結婚1年目から、激務のせいでギスギス…。崩壊寸前のパワーカップルを救ったアイテムとは?
2018.02.28
残念極まる男
生まれも育ちも田園調布3丁目の一級建築士。男は年収よりも“育ちの良さ”が大事なのか?
2016.11.08
慶應内格差
慶應内格差:慶應法政へ推薦入学の外資コンサル女に恋の予感。それを打ち砕く内部女子
- PR
2025.03.31
えっ、あの“ミャクミャク”の部屋に泊まれる!?どっぷり万博に浸れる、いまだけのホテルステイとは…
2016.10.18
崖っぷち結婚相談所
崖っぷち結婚相談所:好条件でも論外判定?婚活で最も避けたい「典型的な非モテ男」の正体
2019.10.27
東京発⇒地方行き
“慶應一族”で育った妻が抑圧から解放された、大阪人の「知らんけど」精神の威力とは
2015.02.23
非常によくおモテになる殿方のホワイトデー
100円チロルチョコから鮨で200倍返し?
2017.08.06
日曜日の女
日曜日の女:唖々悲しきかな、勘違い乙女。モテる小悪魔気取りな女の、哀しい実態
- PR
2025.03.05
首都圏でしか味わえない!東カレ編集部員が厳選する「美食」と「高層夜景」の名店10軒
東京カレンダーショッピング
ロングヒット記事
2025.03.19
運命なんて、今さら
初めて彼のマンションを訪れた28歳女。しかし、滞在10分で、突然「帰りたい」と思った理由
2025.03.22
男と女の答えあわせ【Q】
「豊洲に住んでいる」と33歳男が言った途端に、デート相手の女が戸惑ったワケ
2025.03.23
男と女の答えあわせ【A】
「年収800万くらいでもいいかな…」相手に求める条件を妥協したつもりの30歳女の大誤算
2025.03.17
1LDKの彼方
「何もないって言われたけど…」彼氏が他の女と連絡を取っていたことが発覚。30歳女は思わず…
2025.03.20
TOUGH COOKIES
「幸せそうな彼女がなぜ?」SNSで悪質コメントの犯人を突き止めたら、意外な人で…
この記事へのコメント