–さて、と。一次会もあと30分くらいね
萌美が動きだした。
今夜のターゲットは、さっきから萌美を「かわいいかわいい」と褒めそやし続ける直也でも、いかにもチャラそうな幹事の裕介という男でもない。
ちょうど斜め向かいの席で、笑みを浮かべながら涼子のマシンガントークに相槌を打っている、雅人だ。
男性陣の中ではいちばん地味な印象だが、メガネの下の顔はすっきりと整っていて育ちの良さを感じさせる。
おそらく本当に育ちがいいのだろう。
雅人の Facebookのプロフィールにあった「出身校:London Business School MBA」という一言と、父親らしき上品な男性と写っている実家の写真を、萌美は見逃さなかった。
◆
この日、萌美が到着したのは集合時間5分前の19時25分。
すでに揃っていた男性陣の名前をさりげなく聞き、お手洗いに立つと「友達を検索」でプロフィールと写真をチェックする。
職業や出身校、既婚者でないかを確認し、メイク直しをしながら今夜の戦略をねるのだ。(ターゲットに合わせて、ここでメイクや髪型、アクセサリーを変えることもある)
お食事会に、時間どおり女子が揃うことはまずない。
「10分遅刻がベスト」などとある記事もあるが、萌美からすると意味不明である。
試合は、始まったときにすでに勝敗がついている。
プロの競技の世界では当たり前だというのに。
「雅人さん。飲み物、どうされますか?」
メニューを渡すと、雅人は今のグラスを空にしようとグッとビールを飲み干した。
泡が口元からこぼれ、スーツのズボンを濡らす。
「やべっ」
「あ!よかったらこれ、どうぞ」
今が“いざという時”、3枚目のハンカチの出番だ。
萌美はすかさず鞄から淡いピンクのハンカチを取り出し、雅人に差し出す。こぼれたビールの水分を吸うと、ふわりと石鹸の香りが立った。
「あ、ごめん…ありがとう。洗濯して返すよ」
明らかに動揺している雅人を見て、萌美は自身の持ちうる女子力のありったけを込め、にっこりとほほ笑んだ。
“女としての幸せ”をつかむ日もそう遠くなさそうだ。
◆
「今日はありがとう。ハンカチ返すついでに、良かったら食事でも」
雅人からメールが届いたのは、家に帰り、日課となっているハンカチのアイロンがけをしている時だった。
今日の萌美は、少なくともあの中では一番、清楚で育ちが良く気の利く女だと思われたはずだ。
そんな女子力の高い女でいれば、雅人のようなしかるべき男性から選ばれ、愛されて、きっと幸せをつかめるに違いない。
アイロンがけをする手にも自然と力が込もる。
しかし、このときの萌美はまだ知らない。
「選ばれる」ことでしか成り立たない幸せ。
それこそが、自らにかけられた“呪い”であることに−
萌美がその事実に気づくのは、このときからちょうど7年後、32歳の誕生日を迎えた日だった。
▶︎NEXT 9月11日 火曜更新予定
7年後。32歳になった“女子力おばけ”萌美が手にした幸せとは?
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この記事へのコメント
お前は既に切られているみたいでかっこいい(笑)
けどメンヘラのひとみとか東カレ小説にはたくさんそういう母娘出てくるし、世間でも多いのかもね。
自分も娘を持つ母親として、考えさせられました。
7年後ねえ、子育てで何か意見の相違でもあったか?それとも女子力低い遊び用の女に旦那が引っ掛かったか?