こうして呪いは生まれた
「ママはね、もえちゃんに“女としての幸せ”をつかんで欲しいのよ」
それが母の口癖だった。
萌美の母はとても美しい人だ。当時の女性にしてはめずらしく総合職として採用され、艶やかな黒髪をなびかせて颯爽と仕事をこなす様子は、流行りのトレンディドラマになぞらえて“3人目の浅野”とうたわれたらしい。
そんな母の人生が狂ったのは、2年後輩で「愛嬌だけの冴えない男」父と出会い、萌美を妊娠したことだった。
授かり婚、しかも姉さん女房。社内では目立ったようだ。もちろん悪い意味で。結婚を報告した途端に、上司はこう言い放った。
「で、退職はいつにする?」
順調にキャリアを積み重ね、できる女街道をひた走っていた母は、こうしてやむなく退職に追い込まれた。“女子力”を駆使して上司に泣きつくなどという考えは、当時の母には毛頭なかったのだ。
そして萌美が2歳のとき、父は母に黙って脱サラし輸入の会社を興した。人当たりの良さだけで会社人生を渡ってきた父だ、うまくいくはずもない。
母は実家に頭を下げたり、パートの仕事を転々としたり、随分と苦労をしたようだ。念願だった2人目の子どもをつくることも叶わなかった。
母の口癖は、もう一つあった。
「勉強や仕事ができようと、美人だろうと関係ないの。いい男に選ばれること、それが女の幸せを決めるのよ」
そんな母が、もっとも恐れていたこと。
それは一人娘の萌美が、自分に似てしまうことだった。
168㎝という長身で上昇志向が強く、顔立ちもハーフと見間違えられるほどだった母は、娘が自分のように「悪目立ちする女」にならないように心血を注いだのだ。
「ダメよ、もえちゃん。お肉は1口までよ」
「ダメよ、もえちゃん。サーフィンなんて女の子のすることじゃありません」
学校帰りに友だちと買い食いしたり、夏休みに海やプールで真っ黒に日焼けして遊ぶという楽しみさえ奪われた。
なんで私ばかりこんな目に…
15歳の萌美は母をひどく恨んだものだ。
◆
でも25歳のいま、萌美は思う。
ありがとう、お母さんのおかげよ。
157cm/40kg、10代から節制したおかげで得た華奢な体型と、透けるように白い肌は萌美の自慢だ。
「お嫁さんにしたい大学ランキング」上位の女子大を卒業し、航空会社のグランドスタッフを職業に選んだ。CAほどお高く止まって見られず、体を酷使しないという理由で。
だって、目的はキャリアを積むことではない。
“女としての幸せ”を手にすることだから。
母は萌美に教えてくれた。
この国の男、特にエリートと言われている類の男は、華やかでセクシーな、自分より目立つ女を「遊び相手」もしくは「敵」としか見なさない。
かわいらしく、清楚でお育ちが良さそうな…決して自分のプライドを傷つけることのない“女子力”の高い女こそを、伴侶に選ぶのだと。
この記事へのコメント
お前は既に切られているみたいでかっこいい(笑)
けどメンヘラのひとみとか東カレ小説にはたくさんそういう母娘出てくるし、世間でも多いのかもね。
自分も娘を持つ母親として、考えさせられました。
7年後ねえ、子育てで何か意見の相違でもあったか?それとも女子力低い遊び用の女に旦那が引っ掛かったか?