恋と友情のあいだで~廉 Ver.~ Vol.9

「妻への罪悪感は、ない」婚外恋愛に溺れた商社マンの、身勝手な欲望と小細工

本当にどうかしていると思うが、美月のことを思い出したのは、朝、里奈が部屋を出て行ってしまってからだった。

里奈と一緒にいるとき、「旦那は平気なの?」とか「奥様、大丈夫?」などという会話を幾度か交わしたが、実際のところ、本当に相手の状況を心配しているわけじゃない。

それは相手をけん制したり、お互いの気持ちを推し量るための道具に過ぎなかった。

そして、一度抱き合ってしまったあとは、僕たちはずっとふたりの、僕たちだけの世界に存在していて、正直に言って相手に夫がいることも自分に妻がいることも、思い出すことはなかったのだ。おそらく、お互いに。

身勝手な欲望


しん、と静かになった部屋で、ずっと放置していたスマホを慌てて手に取ると、妻からは1通だけ、LINEが届いていた。

“おはよう〜🌤今日は、気をつけて帰ってきてね😊”

その呑気なメッセージは、僕を安心させる。

美月には、羽田を今夜23時頃に発つ便で戻ると伝えてあった。

とはいえシンガに着くのは月曜の早朝だから、帰宅後はシャワーだけ浴び、そのまま出社することになるのだが。

しばしボーッとスマホ画面を見つめていた僕の頭に、ふと、ある小賢しい考えが浮かんだ。

フライトを翌朝に変更してしまえば、もう一晩、里奈と一緒に過ごせるのではないか、と。

−今日の夜まで東京にいるから、もし会えたら連絡して−

部屋を出る里奈に、僕は思わずそう声をかけていた。

ようやく触れられた里奈の身体が、やっと通じ合った心が、再び他の男…彼女の夫・二階堂の元に渡るのかと思うと、どんな手を使っても取り戻したい衝動に駆られたのだ。

「どうかな。頑張ってはみるけど…」

彼女は困ったようにそう言ったが、僕には妙な自信があった。

里奈は必ず、再びこの部屋にやってくると。

なぜなら僕がそうであるように、彼女にとっても、昨夜の交わりは忘れられない記憶となって染みついているに違いないからだ。

そうして気づけば僕は、航空会社のデスクにフライト変更の電話をかけていた。

出張翌日に大した予定など入れてはいないから、会社にはのちほど欠勤の連絡を入れておけば良い。

やっていることの不誠実さに相反して、僕の心に不思議と罪悪感はなかった。美月を裏切っているという自覚もない。

それより何より、僕は里奈をもう一度、抱きたくてたまらなかったのだ。


「今からそっち行くね」

里奈からメッセージが届いたのは、もう間も無く空が紫に沈もうという時間で、僕はその瞬間、フライトを変更しておいてよかったと心底ホッとした。

…不貞を働く男女が軒並みそうであるように、僕もまた、冷静な判断能力などとうに失ってしまっていたのだ。

こうして情事を重ねることがいかに危険で不適切な行為であるかについて考えるだけの隙が、脳に残されていないようだった。

愚かな僕はこのとき、ただただ安直に、彼女と再び肌を重ねられる喜びにだけ、酔いしれた。


▶NEXT:8月28日 火曜更新予定
廉との束の間の逢瀬に焦るあまり、冷静さを失った里奈。犯した愚かなミスとは…?

この記事へのコメント

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No Name
結衣、自分で正義感からやったって正当化しようとしてるあたりがあまり好きじゃないかも。
ただ単に、囃し立てた方が面白いからで良くない?笑
2018/08/22 05:2699+返信10件
No Name
結衣だったかー!名前すら忘れてた(笑)
2018/08/22 05:1699+返信6件
No Name
出た、「そんなつもりじゃなかった」。誘ったのはリナで、僕じゃない。ほんっと卑怯未練なクズ男!
2018/08/22 05:3299+返信9件
もっと見る ( 275 件 )

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